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第3話、力は解放された

「おいしい……!」

 私は、頬張った餃子の味に感嘆した。

 皮のもちもちとした食感。中に詰まったジューシーな肉。それは、今まで食べたことのある餃子の中で、格別なおいしさだった。

「でしょでしょー!」

 柚先社長は嬉しそうに頷いた。

 彼女のおすすめの中華料理店、茗龍。ここで、私たちHALFの4人は、様々な中華料理が並んだテーブルを囲んでいた。

 私にとっては、こういう複数人での賑やかな食事は、今までほとんどしたことがなかったので、どこか特別な気分になっていた。

 カウンター席とテーブル席が数個ずつある店内は、さほど広くない。しかし、赤を基調とした内装は、いかにも町中華といった雰囲気を出している。窓際に飾られたパンダや金の豚の置物は、暖かな照明に照らされていた。

 テーブルを挟んで私の前に座っている愛神先輩は、春巻きを一口食べて息巻く。

「もぐもぐ……柚先社長!こんなおいしいお店を、どうして今まで教えてくれなかったの!」

「いやぁ、誰かに教えるのがもったいなくてね」

「いじわる!」

「あははは、怒った愛ちゃんもかわいいなあ」

 柚先社長は、愛神先輩の膨れた頬をつついた。

 糖蘭さんは、それを呆れた目で見る。

「2人とも、あんまりイチャイチャするのはやめてもらえる?」

「妬いてるなら素直に言ってくれていいんだよ♡」

「結構です」

 ニヤニヤする柚先社長を、糖蘭さんは適当にあしらう。

 すると、料理を持った少女が、私たちのテーブルにやってきた。彼女は、赤いチャイナ服を着て、ゴマ餡のように黒い髪を、2つのシニヨンにしている。いかにも中華娘といった容貌だった。

「ご注文の激辛麻婆豆腐です」

 チャイナ服の少女は真顔でそう言いながら、激辛麻婆豆腐なるものをテーブルに置いた。

「どうぞごゆっくり」

「ありがと」

 柚先社長の言葉に返すように、彼女は真顔のままピースすると、厨房の方に去って行った。

 糖蘭さんは、運ばれてきた料理を覗き込んで言った。

「この激辛麻婆豆腐って誰が食べるの?見た目からしてヤバそうなんだけど……」

「もちろん俺だよ」

 柚先社長はそう言った。

 唐辛子がまるごといくつも入った真っ赤なそれは、まるで溶岩のようだった。もはや、私が知っている麻婆豆腐ではなかった。

 柚先社長は躊躇なくレンゲを伸ばしている。見ているこっちが心配になってくる。

 私は言った。

「あの、こんなヤバそうなもの食べて大丈夫なんですか?」

「俺は社長だよ?社長なら、このくらい平気だよ」

 彼女は謎理論を展開すると、レンゲで掬った溶岩をパクッと食べた。

「うーん、やっぱりおいしいねぇ!」

 彼女は余裕そうに、そして嬉々として食べていく。

「どう?みんなもいる?おいしいよ?ほら糖くん」

「え、ちょっとなんですか、食べろって言うんですか」

 柚先社長はニコニコしながら、激辛麻婆豆腐を糖蘭さんに近づけた。

 糖蘭さんは嫌そうな顔をしたが、柚先社長の笑顔の圧には耐えられなかった。

「はあ、仕方ない……」

 糖蘭さんは、激辛麻婆豆腐を一口食べた。

 私は、おそるおそる糖蘭さんの様子を伺う。

「大丈夫そうです……?」

「意外と――あっ」

 糖蘭さんの顔が真っ赤になり、ものすごい量の汗が出てきた。そして、うずくまった。

 その様子を見た愛神先輩は、真面目そうな顔で言った。

「あのさ、もしこの激辛麻婆豆腐を食べられたら、少なくとも私は糖蘭より強いっていうことになるよね」

「なるね」

 柚先社長は頷いた。

 愛神先輩は、激辛麻婆豆腐を自身に近づけた。

「じゃあ、これは食べるしかない!」

「いや、これと強さって関係あります?」

「夜子ちゃん、いい?全ての道は強さに通ず!うわああああああ!!!辛いよおおおおおー!!!」

 激辛麻婆豆腐を一口食べた愛神先輩は、その場で悶え苦しんでいる。

「わわわ……大丈夫ですか!?」

 うろたえる私に、魔の手が伸びる。

「夜ちゃんも、一口どう?」

「わ、私は結構です……」

「どう?」

 私は全力で拒むが、柚先社長のニコニコした顔は、こちらを捉えて離さなかった。



 ――こうして私たちHALFは、柚先社長を除き全滅した。

 

 *


「起きろー!」

 突然聞こえた大声で、私はソファから起き上がった。何事かと思ってリビングを見渡すと、そこにはジャージ姿の愛神先輩が立っていた。

 私は驚いた。

「え、なんでここに愛神先輩が!?」

「あんたらを修行に誘おうと思って」

 愛神先輩は、おそらくこの部屋の合鍵であろうものを指で回しながら答えた。

 愛神先輩がここの合鍵を渡されていることに驚いたが、まあ糖蘭さんならやりかねないだろうと、自分の中で納得した。

 そして私は、増える疑問を彼女にぶつけた。

「修行って、なんの修行ですか」

「そりゃあもちろん、HALFの活動をするための修行だよ。つまり、インサニティ退治の修行。で、糖蘭はまだ起きてないよね」

「まだ寝てますね」

「あの寝坊野郎め」

 愛神先輩は、糖蘭さんが寝てる奥の部屋に行った。私も愛神先輩について行った。

 ドアを開けて、4畳半の部屋に入る。

「糖蘭起きろー!」

 愛神先輩はそう言うと、ベッドで寝ている糖蘭さんの掛け布団をめくろうとした。しかし、糖蘭さんは無言でそれを阻止した。

 愛神先輩と糖蘭さんによる、布団の引っ張り合いが始まった。

「おら、起きろ寝坊常習犯」

「まだ寝るのー」

「修行すんだよ修行」

「昨日の麻婆豆腐のダメージが」

「私が大丈夫だし糖蘭も大丈夫」

「嫌だー」

「とにかく起きろっつってんだろ!」

 勝ったのは愛神先輩だった。彼女は、布団を引き剥がした。

 そして、そこで寝ていた糖蘭さんは、今日も全裸だった。

「あっ……」

 愛神先輩は気まずそうな顔をすると、掴んでいた布団を糖蘭さんに被せた。

「夜子ちゃん、行こうか」

 愛神先輩はそう言うと、部屋を出ようとした。

「いやなんで僕をスルーするかな!?」

 糖蘭さんはガバッと起き上がった。

 愛神先輩は言った。

「取り敢えずお前は服を着ろ!」


  *


 私たち3人は、なんとか事務所前までやって来た。朝の透明な空気と、それに溶け込む潮風が気持ち良い。

 しかし、私はそれどころではなかった。なぜなら先ほど、愛神先輩に連れられて、家からここまでを100メートル走のノリで走ってきたからだ。モノレール数駅分の距離を、たった数分でを走り抜けるのは、正直頭がおかしい。

 私は、ぜぇぜぇと息を荒げてかがんでいた。顔を上げて、糖蘭さんと愛神先輩を見上げる。彼女らは何事もなかったような涼しい顔で佇んでいる。

 愛神先輩は私を見下ろして言った。

「この程度でダウンするとは、さては夜子ちゃん、引きこもりだった?」

「さすがに、はぁ、それはないです……!毎日、バイト三昧でしたし、それなりの、はぁ、体力は、あるはずです……はぁ、逆に、なんで2人とも……平気なんですか」

 愛神先輩は私の言葉に答える。

「まあ、私が強いからっていうのもあるけど……それよりも単純に、戦うことを放棄した今の異能者たちが軟弱すぎるだけだよ。まあ、非異能者と比べたら強いに決まってるんだけど」

「放棄……ですか」

 愛神先輩は続ける。

「私たち異能者が、心拍数が上がると身体能力が飛躍するのも、多少の衝撃では身体が傷つかないのも、異能が使えるのも……すべてはインサニティと戦うためっていうことは、夜子ちゃんも知ってるよね?」

「はい、知ってます」

「けど、今の時代、その力を使ってインサニティと戦う異能者なんて、ほとんどいない。リスクが大きすぎるんだ。異能者だっていうことが周囲の人間にバレたら……少なくとも私の場合は、異能者バレで前の仕事をクビになった。まあ、医療関係だったから尚更ね」

「……」

「そういうわけで、今の異能者は、まともな経験値を持ってる人がほとんどいないから、そもそもが弱いんだよ。だからつまりね、異能者なら修行すれば強くなれるってわけだよ」

 なるほどたしかに……と思ったが、それに糖蘭さんが突っ込む。

「いや、愛神はかなりおかしい部類だと思う」

「そう言う糖蘭さんも余裕そうですが」

「なんか、愛神に付き合ってたらいつのまにかこうなった」

「やっぱり2人ともおかしいですよ……」

 呆れる私に、愛神先輩がフォローを入れる。

「まあ、柚先社長の方が色々おかしいし、気にしたらダメだよ」

 たしかに、コンクリートをえぐる衝撃波を受けてノーリアクションだったり、激辛麻婆豆腐を嬉々として食べたり……。昨日の出来事だけでも、柚先社長の異常さがよくわかる。

 私がそう思っていると、糖蘭さんは、ふと思い出したかというように、愛神先輩に聞いた。

「そういえば、柚先先輩は来てないの?」

「ああ、あの人なら、わざわざ呼ばなくてもいいかなって」

「私たちHALFが集まるなら、柚先社長も呼んだ方がいいと思いますが……」

 愛神先輩は答える。

「柚先社長なら、私らがここで修行することくらいはお見通しだから、その必要はないよ。あの人、私と糖蘭の思考と言動は、だいたい知ってるんだよね」

 糖蘭さんは頷く。

「そうそう。頭にアルミホイル巻きたくなるくらいには全部筒抜けだもんね」

「それは、なかなか恐ろしい人ですね……」

 またしても、柚先社長の壊れっぷりが窺われた。

 そのとき、ポケットに入っていたガラケーがサイレンの音と共に震えた。

「っ!」

「出たなインサニティ」

「場所は?」

 愛神先輩の問いかけに、糖蘭さんは画面を開きながら答える。

「割と近い。3人で行こう」

「おっけー」

「了解です!」

 私たちは、事務所前を後にした。


 *


 私たちは糖蘭さんの案内の元、事務所と同じ彩桃地区にある、小さな商店街にやってきた。

 幸いにも、移動距離はそこまで長くなかったので、疲労にはあまり響かなかった。

 私たちは、商店街の奥へと進んでいった。

 人々は、私たちの進行方向と真逆の方向へ逃げていく。そして気がつけば、あたりには誰もいなくなった。そんな中に佇む真っ黒な怪人。インサニティだ。

 私たちは、近くの店の立て看板の影に隠れて、インサニティの様子を伺う。糖蘭さんと愛神先輩は手を繋ぎ、愛神先輩が戦えるようにチューニングをしている。

 そうしている間に、インサニティは魚屋の店頭に並ぶ生魚を食い始めた。アジか何かの魚が一匹一匹、その大きな口に飲まれていく。

「あっ、あいつ、無銭飲食してますよ!」

 私はそれを止めようとして前に出かけたが、その前に愛神先輩に腕を掴まれた。

 彼女は言う。

「ここは私が1人で行くから、夜子ちゃんは糖蘭と一緒に、ここで待ってて」

「1人で行くんですか」

「私は最強だから、インサニティの一匹くらい余裕だよ」

 愛神先輩は不敵な笑みを浮かべると、インサニティの方へ飛び出した。インサニティも彼女に気付き、魚を食う手を止めて殴りかかった。

 愛神先輩は、飛んでくる真っ黒な拳を避けた。そして、光の剣を生み出した。そこからは一瞬だった。

 彼女はまず最初に、インサニティの手首を切り落とした。そして間髪入れずに腹を切った。

「グガアアア!」

 インサニティの上半身と下半身はバラバラになり、切り口から黒い煙を出しながら消滅していった。

 私は、愛神先輩の一連の動作を呆然と眺めていた。あまりにも一瞬のことだった。彼女の動きにはまるで無駄がなかった。

 愛神先輩は、光の剣を消すと、一仕事終えたという顔で、こちらに帰ってきた。

「いやあ、やっぱり商店街での戦闘は難しいね。なんせ狭いから、爆発とかさせると大変だし」

「それでも、あんなに簡単に倒しちゃうなんて、やっぱり愛神先輩って強いですね!」

 愛神先輩は、嬉しそうに胸を張った。

「まあねー、私は最強だから!ね、そうでしょ糖蘭」

「そうだね最強だね」

 糖蘭さんは棒読みで答えた。

「何その適当さは!」

「愛神、強いとか最強とか言いまくるのって、子どもみたいだよ」

 愛神先輩はため息をついて、言い返す。

「はあ、これだから糖蘭は。前から言ってるけど、強ければ強いほど守れるものが増えるってことだよ?だから、最強は最強ってわけ。夜子ちゃんも、これ覚えといてね」

「あっ、はい」

 わからなくもない理論を展開された私は、反応に困り、取り敢えず返事をした。


 *


 それからというものの、愛神先輩主導の修行が始まった。町中を走り回ったり、筋トレをしたり、格闘技を叩き込まれたり……。とにかく忙しい日が続いた。

 不思議なことに、最初は走り切るのが精一杯だった事務所へのダッシュも、3日もすれば余裕とまではいかないが、走り切ることができるようになっていた。我ながら、その成長スピードには恐怖を抱いた。


 

 そして今日も私たちは、事務所前の広い港の敷地で修行をしていた。

「そろそろ休憩しない?」

 糖蘭さんの提案に、愛神先輩と私は答えた。

「そうだね」

「休憩しましょう。もう1時間は動きっぱなしですし」

 私たちは建物の影があるところに腰を下ろした。灰色のコンクリートの地面はひんやりしていて気持ちが良い。

 私はペットボトルの水を喉に流し込んだ。冷たさが喉を潤していくのが気持ち良い。

 まだ4月でそこまで暑くはないが、雲ひとつないような晴天の中で、太陽の光を浴びながら体を動かしていると、少し汗ばんでくる。

 私の隣に座っている糖蘭さんは、いつのまにかキャンディを舐めていた。直径10センチはある棒付きのぐるぐるキャンディだ。

「やっぱ動いた後の甘いものはいいね」

 そう言う糖蘭さんを見た愛神先輩は、呆れながら突っ込んだ。

「あんたそれ、どこに隠し持ってたの……」

「愛神と夜子もいる?」

 糖蘭さんはそう言うと、さらにもう2つをズボンのポケットから取り出した。

「私はいいや」

「私もご遠慮しときます」

「なーんだ。じゃあ、今日の修行が終わったら食べちゃおっかな」

 糖蘭さんはそう言いながら、キャンディをポケットにしまった。

「糖蘭さん、おやつの食べすぎはダメですよ!この間も、1日に2つもコンビニのチョコケーキを食べたじゃないですか」

 私の言葉を聞いた愛神先輩は言う。

「糖蘭、さっき私のことを子どもっぽいとか言ってたけど、あんたも大概じゃんね」

 糖蘭さんはため息をついて、言い返す。

「はあ、これだから愛神は。前から言ってるけど、おやつがあればあるほどQOLが上がるってことだよ?だから、おやつは食べるべきってわけ。夜子も、これ忘れちゃダメだよ」

「あっ、はい」

 またしても、わからなくもない理論を展開されて、反応に困った私は、取り敢えず返事をした。

 そして、先ほどから糖蘭さんと愛神先輩が似たようなことを言っていることに気づいた。



 数分経った頃、愛神先輩は立ち上がった、そして、伸びをしながら言った。

「さて、次は何をしようか」

「そういえば、異能の練習はしないんですか?」

 私は、疑問をぶつけた。ここ数日の修行の内容は、どれも身体を鍛えるものばかりで、異能は一切使わなかった。

 私の疑問に、糖蘭さんが横から答える。

「異能に関しては、僕ら全員、勝手が違うから教えようがないよね」

「そうなんだよね……」

 愛神先輩は腕を組んで考え込む。そして、続けた。

「まあ、少なくとも、私が最初に夜子ちゃんと戦ってわかったのは、あんたは接近戦には向いてないことだね。だから、私から言うことがあれば、遠距離攻撃をできるようになってほしいってことかな」

「どういうことですか?私の念力はそこまで射程はないんですし、援護射撃とかも厳しいですよ?」

「それでも、夜子ちゃんの、トラックにはねられたら余裕で死にそうな強度の体で前線張るのは、ちょっと怖いんだよね」

 愛神先輩は腕を組んで考え込む。

 そのとき、前方から聞き覚えのある声が聞こえた。

「やあ、HALFの諸君」

 そこには柚先社長が立っていた。今日の柚先社長は、腰まである赤みがかかった白髪を、ポニーテールにしている。そして、カジュアルな白いパーカーを着ていた。

 彼女は続けた。

「ここ最近、修行に励んでるようだね。さすがは俺の後輩たち、感心したよ。けど、俺にも一言何か、言って欲しかったなぁ」

 柚先社長は口を尖らせた。

 愛神先輩はそれに答える。

「柚先社長なら言わなくても知ってるでしょ」

「それはそう」

 柚先社長は頷く。

「あと、柚先社長には夜子ちゃんに戦い方を教えて欲しくないんだよね。だから何も言わなかった」

「なかなかストレートに言ってくるなぁ。まあでも、考えてることはわかるよ。愛ちゃんは、夜ちゃんにはできるだけ安全な戦い方をしてほしいんだよね。今の俺の戦い方を夜ちゃんが覚えちゃったら、悲惨なことになるのは目に見えてるから」

「柚先社長は話が早くて助かるね」

 私はおそるおそる聞いた。

「あの、柚先社長ってそんなに危ない戦い方をするんですか……?」

 それに糖蘭さんは答えた。

「うん、十分な強度がなかったら、確実に死ぬような戦い方だね。そこそこ丈夫な僕でも、さすがに柚先先輩の真似はできない」

 そういえば、柚先社長が戦っているところはまだ見たことがない。彼女がどんな異能を使うのか、少し怖いとは思いつつも気になる。

 私がそう考えていると、柚先社長は話題を変えるように切り出した。

「で、夜ちゃんの遠距離攻撃の手段だよね」

 愛神先輩が頷いた。

「そうそう。どうにかして、できないものかな?」

「夜ちゃんって超能力系の異能者じゃん?だからさ、ビームとか打ったらいいんじゃない?」

 柚先社長の冗談のような意見に、私は困惑した。

「ええ……ビームですか」

「夜ちゃんってポテンシャルも結構あるし、練習さえすればできると思うよ」

 柚先社長は簡単そうに言っているが、正直できる気がしない。

「そもそもなんですけど、糖蘭さんもそうですけど、私にあるポテンシャルって何ですか?」

 糖蘭さんは腕を組みながら、私の言葉に答える。

「うーん、なんて言うんだろう、何か感じるんだよね。この子強いなっていう」

 愛神先輩も頷く。

「わかる。出会った瞬間オーラ的なものを感じたよ。まあ、私の方が強いんだけど」

 柚先社長も小首を傾げる。

「何なんだろうね。内に秘めるパワー、みたいな……?」

「結構曖昧じゃないですか」

 3人の掴みどころのない返答に、私は突っ込んだ。

 柚先社長は、まとめるように言う。

「まあとにかく、いくらポテンシャルがあっても、夜ちゃんは経験値が足りなさすぎるから、たくさん修行やっていかないとね」

「……わかりました」

 私が修行を再開しようとしたが、柚先社長はさらに続けた。

「それはさておき、実は簡単に遠距離攻撃できる方法があるんだけど……」

 柚先社長は、突然そんなことを言い出した。

 私はそれに驚いた。

「えっ、何ですかそれ」

「ふふふ、簡単なことだよ」

 柚先社長はそう言うと、親指と人差し指だけを伸ばした右手を突き出した。

「銃でも使っちゃえばいいんだよ」

 彼女の突拍子もない言葉に、私は困惑した。愛神先輩と糖蘭さんも、それじゃないという反応が顔に出ていた。

 柚先社長はきょとんとした。

「あれ?どうしたの、みんな。君らの世代って学校で銃の使い方習わなかったっけ?……まあ、レユアンに来る前のことだし、忘れててもおかしくないか」

 柚先社長の言葉に、糖蘭さんは突っ込んだ。

「いや、そういう問題じゃないですよ。レユアンじゃ、銃持ってたら銃刀法違反で捕まります」

「そういえばそうだった」

 柚先社長は舌を出して誤魔化した。そして、続ける。

「まあ、アーティファクトなら、使えるやつを掘り出せば使えるよね」

 私は、この間の、事務所の倉庫を漁ったときのことを思い出した。

「もしかして、死ぬほど神秘崩壊するレールガンですか!?」

「あれは、死ぬほど神秘崩壊するから、絶対に使わないほうがいいよ。それより、探せば使い勝手がいいやつが出てくるかもしれない」

「探すって言っても、あのアーティファクト置き場、足場の確保もままならないですが……」

「また掃除しないといけないね」

 私が今使っているガラケーを発掘したときも、満足に移動できなかったことを思い出す。あそこの掃除となると、相当骨が折れそうだ。

「あそこを掃除してる暇があるならビーム出す練習しようよ」

 愛神先輩がそう言うと、柚先社長は私の肩にポンと手を置いた。

「よし、じゃあ夜ちゃん、修行しよう」

 

 *


 伸ばした手に、力を込める。

 精神を統一して、自分の中に流れる神秘を感じる。

 目の前に、淡く光る紫色の球が現れる。

 ここからビームが出るイメージをする。しかし、球は小さくなって消えてしまった。

 隣にいる柚先社長が言った。

「惜しいね、あともうちょっと!」

「これ、何回やったら成功するんですか?」

 私は、事務所前の広い港の土地で、かれこれ数時間も、ビームを出す練習をしていた。いきなりビームが出たら危険だからと海を向いて立っているが、一向に成功する気配がない。

 糖蘭さんと愛神先輩は、何やらスペシャル修行だとか言って、どこかに行ってしまった。

 柚先社長は笑いながら言う。

「まあ、逆に考えてみれば、たった数時間で、なんか光る球を出せるようになったっていうことだよね。普通にすごいじゃん」

「まあ、実用性は皆無ですけどね……」

「実用性はこれから見出そうじゃないか」

 柚先社長のポジティブな発言を聞いていると、もう少し頑張ろうという気持ちが湧いてくる。

 しかし、そういうわけにもいかなかった。

「それはさておき柚先社長、お腹が空きました。一旦お昼ご飯を食べませんか?」

「たしかに、ちょうどお昼時だね。コンビニで昼飯買おうか」

「いいですね。そうしましょう」

 私が道の方へ歩き出すと、柚先社長はなぜか事務所の裏へ向かった。

「柚先社長?」

 私は振り返った。

 彼女が何を考えているのかはわからなかったが、私は彼女について行った。

 するとそこには、一台のバイクが置いてあった。鮮やかな黄緑のバイクだ。

 柚先社長は、そのバイクのハンドルにかけてあったヘルメットを取ると、私に投げてきた。

 私はそれを受け止めて言った。

「このバイク、社長のですか?」

「今はね。さあ、乗った乗った」

 柚先社長はバイクにまたがり、私を急かした。私はヘルメットを被った。

「社長はヘルメット被らないんですか?」

「被れるやつ持ってないんだよね」

 私は柚先社長の頭上を見た。彼女の2本のツノは、ツヤツヤしたピンク色で、右ツノの先端は欠けている。

「ツノ対応のやつ買いましょうよ」

 私がそう言うと、柚先社長は言い訳するように言った。

「事故っても大した怪我になったことはないし、別にいいかなって」

「えっ、柚先社長って事故ったことあるんですか」

「まあねー」

 私はこの間の、愛神先輩とのタイマンを思い出す。たしかに、コンクリートをえぐる衝撃波をもろともしない柚先社長なら交通事故に巻き込まれても大丈夫だろう、と納得させられた。

 しかし私は違う。もし、トラックにでも突っ込まれたら、タダでは済まない。

 私は柚先社長の後ろに乗りながら言う。

「安全運転お願いしますね」

「もちろん。ちゃんと掴まっててね。落ちたらいけない」

「はい」

「それじゃあ出発ー!」

 ブオンとエンジンが唸った。

 

 *


 私たちは、近くのコンビニで昼ごはんを選んでいた。

 サンドイッチやらお惣菜やらが並んだ棚を眺める。

「柚先社長はどれにします?」

「うーん、どうしようかな。こういうとき、結構悩んじゃうんだよねぇ。夜ちゃんは決まった?」

「はい、私はこのおにぎり2つにします」

「おっけー」

 私は、柚先社長が持っている商品カゴに、おにぎりを入れた。

 その瞬間だった。

 ガラケーからサイレン音が鳴った。私は咄嗟にポケットに手を突っ込み、ガラケーを取り出す。インサニティだ。

「柚先社長!」

「落ち着きな。場所はどこ?」

 私は、ガラケーを開いて、映し出される地図を見た。

「……ここから近いです」

「オッケー。それじゃあ、俺はこれ買ってから行くから、夜ちゃんは先に行ってて」

「私1人で行くんですか?」

「俺は夜ちゃんを信じてるからね」

「……わかりました」

 私は不安を抱えながら、コンビニを後にした。


 

 ガラケーに表示される地図を頼りに、私は街を駆け抜けた。やがて、この間も来た小さな商店街で、インサニティを発見した。

 周囲に人はいない。すでに避難したようだ。

 柚先社長が来るまで、こいつを1人で相手取らなければならない。

 別に、1人で倒す必要はない。あくまでも時間稼ぎだ。そう思っても、緊張で心臓の動きが早くなる。

 インサニティは、すぐにこちらに気づいた。近づいてきて、素早い拳を繰り出してきた。

 私はそれを避けた。そして、右手を前に突き出して、念力を放とうとした。しかし、私はすぐに気がついた。この空間で念力を放てば、周囲の店に大きな被害が及ぶ。

 ならばどうするべきか。そう考えている瞬間に、インサニティからの蹴りが飛んできた。私は咄嗟に避けようとしたが、間に合わない。すぐに腕でガードした。

 インサニティの力は強い。私は衝撃で数メートル飛ばされて、なんとか着地した。

「うっ……!」

 腕に鈍い痛みが走る。弱気な気持ちが出てきてしまう。

 それでも柚先社長が来るまで、私がやらなければならない。私は、両腕に念力を集中させた。淡く光る紫のオーラが腕を包み込む。

 インサニティは再びこちらち走ってきた。そして、次々と攻撃してくる。

 私はそれを避けながら、攻撃を試みる。

 しかし、なかなか当たらない。回避と防御に専念しすぎて、攻撃が疎かになっているということは自分でも理解している。しかし、どうしても反射的にこうなってしまう。

 どうにかして突破口を作らないと、柚先社長が来るまで保たない。

 この状況で私にできることは何か。それはすぐに思いついた。そう、ビームを打てばいいのだ。ビームなら、インサニティの間合いの外から攻撃できる。

 私はすぐに、インサニティと距離をとった。そして、腕を前に伸ばす。

 私は、精神を統一させて、腕に力を集める。力はそのまま指先に溜まり、次第に紫色に光る球を作っていく。

 さきほどまでの修行の中では、1度も成功したことがなかった。今成功できるかというと、自信は全くない。それでも、これが私が使える最後の手段だった。


「いっけぇぇぇ!」

 私がそう叫ぶと、力は解放された。


 ビームが打てた――と思いきや、そういうわけにはいかなかった。紫色の球は、まばゆい光を放った。

 何が起こったのか、少し遅れて理解した。紫色の球は、その場で爆発したのだ。

 爆風をもろに受けた私は、数メートルほど吹っ飛ばされ、地面を転がった。

 やっぱりダメだった。私には無理だった。私は仰向けになったまま、無力感に支配された。


 そのときだった。

 後ろからエンジンの音がした。それは徐々に近づいてくる。

 そして突如、何かが私の真上を高速で飛び越えた。

 私は呆気にとられた。すぐに起き上がると、柚先社長が乗った黄緑のバイクが、ウィリーしながらインサニティに突っ込んだ。

「おりゃあー!」

「ガアッ!?」

 インサニティはバイクの前輪に踏まれて倒れた。

 柚先社長はドリフトしながら停車して、すぐにこちらに駆け寄ってきた。

「夜ちゃん、大丈夫?」

「柚先社長……」

 先ほど私の上を飛び越えたものは、柚先社長の乗ったバイクだったらしい。彼女に対する怒りが込み上げてくる。

「?」

 柚先社長は首を傾げた。

 私は、彼女に気持ちをぶつけた。

「なんで人の上をバイクで飛び越えるんですか!?轢いたらどうするんですか!?私、死にますよ!?」

 柚先社長は答える。

「だって、最短距離だったから――」

「迂回してください!」

「あはは、ごめんごめん」

 柚先社長は反省の色もない謝罪をした。

 私は彼女の態度に、さらに不満を募らせた。

「まあけど……俺が来たからにはもう大丈夫だよ。あとは俺に任せな」

 彼女はそう言うと、一歩前に出た。

「イレギュラー事件のときから、インサニティ退治は糖くんに任せっきりだったけど……ここで夜ちゃんに柚先社長のかっこいい姿を見せたいからね」

 柚先社長は、指をボキボキッと鳴らした。その後ろ姿は、先ほどのふざけた態度とは打って変わって、格好良かった。

「それじゃあ、仕事を始めようか」

 柚先社長は、拳を構えてインサニティに突っ込んでいった。

 インサニティも柚先社長の方へ拳を突き出した。真っ黒な拳は彼女の頬に直撃した。

「柚先社長!」

 彼女は、開始早々からインサニティの攻撃をもろに受けた。見ている方も痛くなる。

 しかし、私の心配とは裏腹に、柚先社長は余裕そうだった。どうやら、先ほどの攻撃は一切効いていないらしい。

 彼女は、握った拳をインサニティの腹に直撃させた。

「ウガッ……!」

 インサニティは後ろに後ずさった。しかし、すぐに体勢を立て直したかと思うと、手からモヤモヤした黒い塊を生み出した。そして、それを柚先社長に投げつけた。

 彼女はその場から動かなかった。黒い塊が直撃したが、やはり柚先社長には効いていなかった。

 私は、柚先社長の異常さを目の当たりにした。

「飛び道具持ちのインサニティか。たまにいるんだよね。イレギュラーでもないのに、殴る蹴る以外のことをしてくるインサニティ」

 彼女はそう言うと、インサニティに向かって歩き出した。インサニティは、間髪入れずに黒い塊を柚先社長に投げつけてくる。柚先社長は怯まず、歩くのをやめない。

「こういうタイプってちょっと厄介なことが多いんだけど、今回はどうやら俺が異能を使うまでもないらしいね」

 柚先社長はそう言いながらインサニティを間合いに入れたところで、それを蹴り飛ばした。

「さっさと死んでもらおうか」

 彼女はすぐにインサニティに馬乗りになり、首を絞めた。

「ウワァ……!」

 インサニティはうめきながらも、柚先社長に黒い塊を投げつけ続けた。至近距離で攻撃を喰らっても、柚先社長は気にしない様子で手に力を込める。しかし、彼女の身体も無敵ではないらしい。少しずつ、無数の傷がついてくる。

 避けることを知らない柚先社長。その戦い方は、愛神先輩と糖蘭さんが言う通り、危険だった。

「死ねぇ!」

 柚先社長は叫びながら、インサニティの首を潰した。

 グシャっと嫌な音が鳴る。

 インサニティは、うめくこともなく、潰れた首から黒い煙を出して、消えていく。

 柚先社長は立ち上がった。そして、少年のような笑顔でこちらに駆け寄ってきた。

「お待たせ夜ちゃん」

 腕や顔には、擦りむいたような傷が無数についていた。

「……柚先社長?大丈夫なんですか?」

 柚先社長は、笑って答えた。

「あはは、この程度、大丈夫だよ。俺って結構頑丈だし、痛み全然感じないし。おまけにこの程度の傷なら夜には治ってるからね」

「だからってあんな戦い方しますか?異能無しのフィジカルだけで行くのはまだしも、攻撃を避けないのはちょっとどうかと思います」

「まあ、そう思うのも無理はないよね。前までインサニティ退治を糖くんに任せっきりだったのも、俺が任せたと言うよりは、糖くんが、俺が戦わないようにさせてた訳だし」

「糖蘭さんにそこまでさせてるなら、戦い方を治すべきだと思いますが……」

「それはそうなんだよね。……けど、今の俺にはこの戦い方が1番合ってるんだ」

 柚先社長はそう言った。私は、彼女の心延えが全く理解できなかった。何か理由があるのかもしれないが、今の私には、彼女のそれは異常だとしか思えなかった。

 柚先社長は、バイクのエンジンをかけた。そして、私の名前を呼んだ。

「夜ちゃん」

「なんですか?」

「ちょっと俺に付き合ってくれるかな?」


 *


 心地よい風が私たちを包み、建物が横切っていく。

 私は、柚先社長の背中に語りかける。

「柚先社長、どこに行くんですか」

「特に決めてないよ。ただ、夜ちゃんとツーリングデートしたかっただけ♡」

「やめてくださいよ」

「あっ、もしかして、愛ちゃんとの方がよかった?それとも糖くん?」

「そういう問題ではありません!」

「ははは」

 柚先社長は、私をからかうように笑った。

 しばらく柚先社長のハンドルに身を委ねていると、彩桃地区のアジアンチックな街並みは、近代的なビル群に変わってきた。どうやら私たちは、香格里地区までやってきたようだ。

 街路樹の桜は満開で、その淡くて優しい色に、つい見惚れてしまう。

 しかし、進めば進むほど、工事中のビルや空き地が増えていった。

「ここもまだまだ復興が進まないねえ」

 柚先社長は、しみじみとそう言いながら、交差点で止まった。ちょうど赤信号だ。

「そういえば、イレギュラー事件って、ここらへんであったんですっけ」

 私は、半年前にテレビに映った、悲惨な光景を思い出した。

 柚先社長は、私の言葉に反応する。

「そうそう。半年前、ここで俺たちは戦ったんだよ」

「そうだったんですか……」

 しばらく無言が続く。信号は青になり、バイクが動き出す。

 柚先社長が切り出した。

「そういや、糖くんとはどう?」

「どうとは、どういうことです?」

「単純に、糖くんとの生活に不自由ないかってことだよ」

「それなら、もちろんです。糖蘭さんには良くしてもらっていますし」

「それはよかった」

 柚先社長は、満足そうに言った。

「ただ……」

 私の言葉に、柚先社長は疑問符を浮かべる。

「?」

「どうして糖蘭さんは、見ず知らずの私を助けてくれたのか……それが理解できないんです」

「なるほどねぇ。たしかに、自分の夢も心も犠牲にする糖くんのお人好しは、度がすぎてるよね。俺にも理解できないよ」

「柚先社長って糖蘭さんと愛神先輩の考えてることがわかるんじゃないんですか?」

 そう言った私に、柚先社長は言う。

「全部を知ることは無理だよ。わからないものはわからないんだ。……まあ、初めて出会ったときからそんなんだったし、困っている人はほっとけない、そういう子なんだろうね」

「レベル100のお人好し、ですね」

「ははは、そうだね」

 柚先社長の笑い声が聞こえる。

 彼女は続けた。

「……けど俺は、やっぱりちょっと糖くんのことが心配なんだよね。あの子、一度スイッチが入れば、壊れるまで止まらないから。まあ、俺が言えたことでもないんだけどさ」

「……」

「だからさ、もし糖くんが無茶なことしようとしたときは、夜ちゃんが止めてくれるかな?」

「私より、柚先社長の方が良いと思いますけど」

「いや、夜ちゃんじゃないとダメだよ」

「どうしてですか?やっぱり、戦い方の件があるからですか?」

 私は柚先社長を問い詰めた。

 彼女は、言葉選びに悩んでいるように言った。

「もちろんそれもあるんだけど……俺には資格がない。ただそれだけだよ」

 ――資格ってなんですか。

 その言葉は、喉から出る前に飲み込まれた。柚先社長が今、どんな表情をしているかは分からないが、彼女の背中は、これ以上深掘りしてほしくないといった雰囲気を出していた。

 私は黙り込んだ。

 周囲のエンジンの音が、大きくなったように感じられた。





<雑な今後の展開予告>


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