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第7話、スカウト

  • 執筆者の写真: もやし 朝稲
    もやし 朝稲
  • 5月6日
  • 読了時間: 22分

 私と糖蘭さん。事務所までの道のりを、2人で歩く。

「どうして柚先先輩と会うのが怖いの?」

 糖蘭さんは優しい声で、私に聞いた。

 私は俯きながら答える。

「……私の不注意で、大怪我をさせてしまいましたから……」

「そんなに気にする必要もないけどなぁ。ほら、前にも言ったけど、あの人、新しい腕生えて来てるらしいし」

「それはそうですけど……」

 あんまり後ろ向きに考えたところで、どうしようもないのはわかっている。それでも、柚先社長の腕がなくなるあの瞬間が脳に焼き付いてしまった以上、そう簡単にはいかないのだ。

「まあ、僕がついてるんだし、意外とどうとでもなるよ」

 糖蘭さんは微笑みながら、そう言った。

 アジアンチックな街並みを抜けると、海が見えてくる。この風景もすっかり見慣れてしまったが、それでもコバルトブルーは相変わらずきれいだ。

 そうこうしているうちに、事務所に着いてしまった。中に入る。階段を上がる。廊下を歩く。

 どんどん会議室の扉が近づくにつれ、私の心臓の鼓動は加速した。

 隣には糖蘭さんがいる。きっと大丈夫。

 扉が開いた。

 中には、柚先社長がいた。

「あっ、2人とも久しぶりだね!」

 彼女は笑顔で駆け寄って来た。

 右腕がちゃんとある。普段と変わらない様子だった。

 1番最初に、私は彼女に頭を下げた。

「本当にごめんなさい……!私のせいで……」

 柚先社長は一瞬驚いた様子だったが、すぐに優しい顔で言った。

「夜ちゃんは悪くないよ。腕の1本や2本、持って行かれたところで痛くもないし、すぐに治るんだから、何も気に病む必要はないんだよ」

 そして、彼女は私の肩を優しく叩いた。

「……むしろ、俺の方が夜ちゃんにつらい思いさせちゃったから、謝らないといけないね」

「柚先社長……」

 糖蘭さんが横から言う。

「ほら、言った通り、意外とどうとでもなるでしょ」

「……そうですね」

 急に、肩に乗っていた重荷が降りたように感じた。

「よし、それじゃあ、今日の会議を始めようか」

 柚先社長はそう言いながら、ホワイトボードの前に立った。

 私と糖蘭さんはパイプ椅子に座る。

「さて、それじゃあまずは各々の近況報告から……といったところだけど、大方把握してるから大丈夫だね。次は――」

 糖蘭さんが遮る。

「待ってください。愛神のことが不明すぎるんですけど」

「確かにそうですね。柚先社長は何か知ってるんじゃないですか?」

 私も糖蘭さんに加勢する。

 しかし、柚先社長は煮え切らないような顔をして言う。

「まあ知ってるけど……本人はあまり言って欲しくないようだしな……」

 糖蘭さんは詰める。

「たしかに、しばらく1人になりたいって言ってたからそうなんだけど……教えてくれてもいいんじゃないですか?」

「そうだなぁ。うーん、なんか1人で遠いところに行って、修行してるらしいよ」

 柚先社長は、渋々話した。

 そういうことだったのかと、私は理解した。それと同時に、修行なら一緒にすればいいのではと思う。

 糖蘭さんは頭を抱える。

「あのバカ。安静にしなきゃなのに……」

「まあまあ。あんまり愛ちゃんのこと悪く思わないであげてよ。あの子にとって、強くなることが正気を保つ唯一の方法なんだから」

「それはそうですけど……」

 糖蘭さんは、いまいち腑に落ちない様子だった。

 そんな彼女を尻目に、私は柚先社長に聞く。

「愛神先輩、いつ帰ってくるんですかね?」

「さあ。気長に待ってたら、そのうち帰ってくると思うよ」

 呑気に答える柚先社長に、糖蘭さんは声を強くして言う。

「さすがに待てませんよ。怪我もろくに治ってない状況で、どんな危険なことをするかわからないのに……」

「糖くんは心配性だなぁ。まあ、君の気持ちもわからんでもないし、探しに行くなら止めはしないよ」

「とにかく、やっぱり愛神先輩が帰ってくるまでは、3人でインサニティに対処しなければいけないってことですか」

「そういうことになるね。まあ、ちょっと前までは糖くん1人でやってもらってたんだし、それを考えると随分マシではあるかな」

「あの時が限界過ぎるだけな気がするけど……」

 糖蘭さんは呆れたように言った。

 今になって思うと、私が来るまでのHALFは、なかなかやばい状況だったことがわかる。

 柚先社長は話題を変えた。

「そういや、あの映像は2人とも見てくれたよね」

「はい、見ました」

「これ、借りてたやつです」

 糖蘭さんが、ICチップを差し出す。

「あ、返さなくていいよ。そんな小さいもの、俺が持ってても失くすだけだし」

 柚先社長は続ける。

「で、イレギュラー02と戦った、あの時の夜ちゃんの状態……仮にラストリゾートモートと名付けるとして、あれは一体何だったんだろうね」

「私にもよくわかりません」

「今は使えない感じ?」

「はい。あの時出せていたビームすら、今は出る影もありませんし」

「あれを上手く使えるようになれば、イレギュラーなんて怖くないんだけどねえ」

 柚先社長はそう言った。

 その言葉には、期待が込められているようだった。

「私、なんとか使えるように、がんばります!」

「おっ、頼もしいね」

「ま、ほどほどにね」

 柚先社長と糖蘭さんはそう言った。

「さて、今日話すことはこのくらいかな」

 柚先社長がそう言ったので、私と糖蘭さんは立ち上がった。

「……あ、そうだ。ねえ糖くん」

 柚先社長は、思い出した様子で言う。

「なんです?」

「ちょっと夜ちゃん借りてもいいかな」

「別に構いませんけど」

「おっけー。じゃあ夜ちゃん、行こうか」

「何の用ですか?」

「ちょっと2人で話したいことがあるんだ」

 そういうと、彼女は部屋を出て行ったので、私も後を追った。



 私は柚先社長に連れられて、事務所の屋上にやって来た。

 糖蘭さんを省いてしまって少し申し訳ないと思いつつ、目の前に広がる海を眺める。

「それで、話って何ですか?」

 私は、隣で柵にもたれかかっている柚先社長に話しかけた。

 彼女は答える。

「夜ちゃん、糖くんから勾玉の話を聞いたみたいだから……そのことについてだよ」

「ああ、水族館の時の……やっぱりあなたにはお見通しでしたか」

「そうだね。で、俺からもちょっと言っておきたいことがあって」

「?」

「あの時の糖くんの発言は、ほぼ嘘だと思っていいよ」

「……え?」

 私は、柚先社長の言葉が理解できなかった。

 彼女は続ける。

「夜ちゃんもあの時、何となく違和感あったんじゃないかな」

「それは……」

 たしかに、あの時の糖蘭さんは、少し様子がおかしかったようにも思える。

「糖くんのガラケーについてる勾玉は、本物の遺石だよ」

 柚先社長はそう言い切った。

 やっぱり。私の違和感は当たっていたようだ。

 しかしそれは、HALFで死人が出たことと、糖蘭さんに嘘をつかれたこと、その2つを意味する。私には耐え難いことだった。

 私は反論する。

「け、けど……糖蘭さんは、柚先社長から貰ったって……」

「あの時の糖くんは、気が狂ってたんだよ。冬兎と蓮水姉が死んで、優灯先輩が失踪して、愛ちゃんがずっと目覚めてくれなくて……本当は俺が支えてあげるべきだったのに、むしろぶっ壊しちゃって……。だから、少しでも楽になれるように、自分に嘘をついた」

「……糖蘭さんも似たようなこと言ってましたよ」

「そうだね。けど、糖くんにもっと根掘り葉掘り聞いてみな?どんどん話の辻褄が合わなくなって、あの子の中のシナリオも正常な心も崩壊していって、昔のメンタルブレイク糖くんに逆戻り。下手したら首吊っちゃうかもね」

 さらっとえげつないことを言う柚先社長に引きながらも、私は納得する。

「あなたが前に言っていた、糖蘭さんは一度スイッチが入れば壊れるまで止まらないって、そういう……」

 柚先社長は何も言わなかったが、概ね合っているようだ。

 しばらくの間、私たち2人の間に静寂がやって来た。

 潮風が柚先社長の髪を撫でる。

「……夜ちゃんはさ、俺のこと、酷いやつだって思う?」

 柚先社長の急の突然の質問。

 なぜこんなことを聞くのかよくわからなかったが、その声はどこか悲しそうだった。

「……思いませんよ」

 私はそう答えた。これが彼女の求める返答だったかはわからない。

 それでも、彼女は満足したようにこちらを向いた。

「ごめんね、暗い話に付き合わせちゃって。そろそろ解散しよっか」

 彼女がそう言った時だった。

 私たちのガラケーがサイレン音を鳴らした。

「インサニティ!」

「よし、一仕事行くとしようか」

 柚先社長はそう言うと、柵を乗り越えて、下に飛び降りていった。

「ちょ、社長!?」

 私は彼女を見下ろす。

「おーい夜ちゃーん。早くしなよー」

「ここから飛び降りろっていうんですか!?死にはしなくても、インサニティ退治どころじゃなくなりますよ!?」

「ああ、ごめんごめん。ちょっと待ってね」

 柚先社長はそう言うと、ジャンプして屋上に戻って来た。

「それじゃあ行くよー」

 彼女はそう言うと私を抱えて、もう一度飛び降りて、そのまま目的地に向かって走り出した。

 勘弁してくれと、私は心の中で叫んだ。


 

 私と柚先社長はガラケーに導かれて、小さな公園にやってきた。

 そこにいたインサニティは、すぐに私たちに気づく。

 巻き起こる風が、私たちの髪を揺らす。

 私は身構える。

 すると、柚先社長はなぜか後ろに下がった。

「どうしたんですか?」

 私は不思議に思って聞く。

「せっかくだし、君の成長を見せてもらおうかなって」

「私1人でやれってことですか!?」

「そゆこと」

「ええ……」

 私は呆れながらも、この間、1人でインサニティを倒したことを思い出す。きっと、今の私なら大丈夫だろう。

 念力を拳に集めてインサニティに殴りかかる。

「おりゃあ!」

 命中。

 インサニティはそのまま数メートル飛んでいった。

 ここ数日の酒夜さんとの修行に効果があったのか、今日は調子が良い気がする。

 私は追い討ちをかけるように、もう一度距離を縮める。

 その時、インサニティはもやもやとした黒い塊を飛ばしてきた。

「っ!」

 飛び道具持ちか。

 私は咄嗟に身を捻って避ける。

 しかし、黒い塊は次々とこちらにやってくる。

 私は念力を放ち、それらを一気に跳ね返す。

 そしてすぐに、相手の懐に潜り込む。

 あとは単純な殴り合い。

 ――勝てる……!

 私がそう確信したのも束の間、インサニティが投げつける黒い塊が、私の腹に命中した。

「っ!」

 臓器をえぐられるような痛みに襲われ、声も出せずに吹き飛ばされる。

 そのまま道路の方へ飛び出すかと思いきや、何者かに受け止められた。

 柚先社長かと思いながら見上げると、そこには空色の髪の少女がいた。

 少女は口を開いた。

「ちょ、大丈夫っすか?」

「ええ、まあ……」

 私は、見知らぬ顔に戸惑いながらも立ち上がる。そして、再びインサニティと対峙しようとしたが、柚先社長の方が早かった。

 彼女は馬乗りになって、素手でインサニティをボコしている。

 こうなっては、もはや私の出番はない。

 インサニティは柚先社長の猛攻に耐えかねて、ついに黒い煙となり消えていった。

 そんな景色を、空色の髪の少女は戸惑いを隠せない様子で見ていた。

 柚先社長はこちらにやって来ると、そんな少女に気さくに話しかける。

「あっ、ごめんね。危ないところに巻き込んじゃって」

「はあ、まったくっすよ……あんたら異能者っすよね?今時インサニティとドンパチやるとか、正気っすかぁ?」

「そりゃあ、俺らはインサニティ退治のプロフェッショナル、HALFだからね」

「ふーん」

「ところで、君も異能者だよね」

 柚先社長は、急に目つきを変えて言った。

「そうっすけど……それがどうかしたんすか?」

 柚先社長は、何か企んでいるようだった。

「いやあ、こんな世の中、異能者同士出会えるなんてなかなかないよね。だからせっかくだしさ……HALFの一員として、俺らと一緒にインサニティ退治しない?」

「……へ?」

 少女は唖然とした様子で固まった。

 まあ、いきなりそう言われたらびっくりするのも無理はない。とはいえ、私は柚先社長の提案に賛成した。

「いいですね!きっと糖蘭さんも喜びます!」

「うんうん。今は人手が欲しいからねぇ。で、どうする?」

 柚先社長の問いかけに、少女は屈託のない笑顔で答えた。

「お断りっす!」

 即答だった。

 柚先社長はそんな彼女に辟易する。

「そんな笑顔で言われてもなあ……」

 まあ、少女が断るのも無理はない。彼女には彼女の生活があるのだし、私だって、糖蘭さんからHALFのことを聞いた時は躊躇した。

 柚先社長は続ける。

「君1人でも来てくれれば、結構助かるんだけどなぁ……。ほら、この間、イレギュラー02が出てきたじゃん。あれの対処で結構ダメージ受けちゃってさ……」

「あんたら、あんなヤベえやつと戦うんすか?余計にお断りっすよ」

「それじゃあ、君は見てるだけでいいのかい?」

「……どういうことっすか」

 柚先社長の発言に、少女は怪訝そうに聞き返す。

「イレギュラーも含めてインサニティは、これからもレユアンの平和をかき乱し続けるだろうね。そんな中、君は傍観を貫くのかっていうことだよ」

「……」

「せっかく異能者に生まれたんだしさ……ちょっと冒険してみるのもアリだと思わないかい?」

 少女は考えるように黙り込んだ後、ため息をついて言った。

「はあ……。わかったっすよ。ちょっと考えさせてくださいっす」

 彼女はめんどくさそうにしながら、ポケットから紙を取り出した。

「これ、あたしが働いてる店っす。明日の夕方くらいにここに来てくれれば、多分会えると思うっす。その時までに答えを決めておくから、来てもらっていいっすか?」

 柚先社長はそれを受け取る。

「わかったよ。そういや、君の名前はなんていうんだい?」

「蛍東っす。お2人は?」

「俺は柚先」

「私は夜子です」

「おっけー、覚えたっす」

「それじゃあ、返答を楽しみにしているよ」

 柚先社長はそう言った。

 蛍東さんはそのまま去って行った。

 私は柚先社長に聞く。

「あの人、どうなりますかね」

「さあ、どうだろうね」

「……ところで、それって何のお店ですか?」

 彼女は紙をこちらに見せて言った。

「いわゆるメイドカフェだね。神宮地区の北の方にあるみたい。夜ちゃん、せっかくだし行っておいで」

「柚先社長は行かないんです?」

「俺にこんな萌え萌え空間は似合わないよ。それに、やらなきゃいけないこともあるからね。ということでよろしく」

 私は紙を押し付けられた。

「えぇ……」

 メイドカフェなんて行ったことがないし、1人で行くにはハードルが高すぎる。

「別に、1人で行けとは言ってないよ?糖くんとでも行けばいいじゃないか」

 柚先社長はそう言った。

 たしかに、糖蘭さんと行くなら、悪い気はしない。

 私は紙を折りたたんでポケットに仕舞った。


 *


 次の日、私は蛍東さんがいるメイドカフェの前までやって来た。

 神宮地区の北側は、普段あまり来る用事もない。そのおかげで何度も道がわからなくなったが、なんとか到着することができた。

 その店は、ひしめき合う小さめのビル群の中に、溶け込むようにあった。

 ちなみに残念ながら、糖蘭さんと来ることは叶わなかった。

 彼女は私より早く起きて、愛神先輩を探しに行ってしまった。

 怪我も完治しないまま1人で修行に行ってしまった愛神先輩が心配なのは私も同じだが、まさか探しに行くとは思っていなかった。とはいえ、糖蘭さんの性格からして、おかしいことではない。

 そういうわけで、私は今、1人で店の前に立っていた。

 そして私は緊張しながら、店の扉を開けた。

「お帰りなさいませ、ご主人様♡」

 店に入るなり、フリフリの衣装を見にまとったメイドに出迎えられた。

 ぱっと見ではわからなかったが、蛍東さんだった。空色の髪をツインテールにしているだけでも雰囲気が違っているが、仕草や声色も相まって、まるで別人のようだった。

 彼女に導かれて私は席に着く。

 そして、彼女は自己紹介をした。

「あたしはお空の国からやってきたメロンの天使、ろめろめです♡」

 昨日出会った蛍東さんとのギャップがあまりにも大きすぎて、軽くショックを受ける。

「なんか、キャラ違いませんか?」

 私がツッコむと、彼女は耳元で囁く。

「この店ではこういうキャラでやってるんっす」

「そうですか……」

 蛍東さんはすぐにモードを切り替える。

「ご主人様ったらぁ、なかなか帰って来ないんだから、心配しちゃいましたよ?♡」

「すいません」

「けど、毎日お仕事頑張って偉い偉い♡」

 彼女は直接触れはしないものの、よしよしする仕草をした。

 そのあざとい姿に、私は一瞬ドキッとしてしまった。

 そんな私をよそに、彼女は続ける。

「偉いご主人様にご褒美です♡どれにされますか?♡」

 私は気を取り直して、渡されたメニュー表を見る。

 ドリンク、スイーツ、軽食……どのメニューを見ても、名前が独特すぎる。

 少し悩んだ結果、私はオムライスを頼んだ。

「それじゃあ、ちょっと待っててくださいね〜♡」

 蛍東さんは一旦去って行った。

 私は、彼女の後ろ姿を見ながらホッと息をつく。そして、店内を見渡す。

 パステルカラーで統一された空間は非日常的で、別の世界に来てしまったように思ってしまう。

 それでも、糖蘭さんが一体どこまで行ってしまったのかが、ふと気になってしまった。

 ガラケーを取り出して、メッセージボックスを出す。

『どこにいるんですか』

 ……今メッセージを送っても迷惑なだけか。

 私は打った文字を全て消した。

 そしてしばらく待っていると、注文の品が届いた。

 蛍東さんは言う。

「お待たせしました♡ご主人様のための愛情たっぷりおむらいちゅです♡」

 きれいな形のできたてオムライスが、私の目の前に置かれる。

 蛍東さんはケチャップを取り出した。

「それじゃあ、ご主人様のためにお絵描きしますね♡まーる描いてちょん、まーる描いてちょん」

 どこか、懐かしい歌を歌いながら、オムライスに絵を描いていく。

「まーる描いてちょん、まーる描いてまーる描いてまーる描いてちょん」

「?」

「ちょんちょんちょんちょんちょんちょんちょんちょんちょんちょん」

「???」

「ひーげをつけたら、ドラえーも――あっ……」

 ゴリ押しで見覚えのあるキャラクターが出来上がったと思ったら、最後の最後で顔の半分が、ぐしゃっとなってしまった。若干グロい。

「ミスっちゃった♡あたしったらドジね、てへぺろ♡」

「ま、まあそういう時もありますよ」

 私は苦笑しながらもフォローした。

 しかしこの人、絶対わざとミスっただろうと思ったが、言うのはやめておいた。

「それじゃあ、最後の仕上げをしますね♡まずは、手でハートを作ってください♡」

 蛍東さんはそう言うと、手をハートの形にする。

 私は躊躇しながらも彼女の真似をする。

「あたしが、『おいしくなあれ、萌え萌えキュン♡』って言うから、ご主人様も一緒に言ってくださいね♡」

「本当に私もやらなきゃダメですか?」

「あたし1人だけでは萌え萌えパワーが足りませんので、ご主人様にもしてもらう必要があるんです♡」

 薄々覚悟はしていたが、いざやるとなると、やはり抵抗感がすごい。

 それでも、ここに来たからにはやらなければならない。私は腹を括った。

「……わかりました」

「それじゃあ行きますよ♡」

「「おいしくなあれ、萌え萌えキュン♡」」

 めちゃくちゃ恥ずかしい。

「さ、召し上がってください♡」

 蛍東さんはそう言った。

 しかしオムライスを食べる前に、私は彼女に聞かなければならないことがある。

「あの蛍東さ――」

「あたしはろめろめですよ?ご主人様♡」

「……ろめろめさ」

「もう、ご主人様ったら、今更そんなよそよそしい呼び方なんてやめてくださいよ♡」

「……じゃあなんて呼んだらいいんですか?」

 私は若干苛立ちを覚えながらも彼女に聞く。

「ろめろめてゃんって呼んでください♡」

「……ろ、ろめろめてゃん……」

「はぁい♡なんでしょうかご主人様♡」

 この人、絶対私をからかって遊んでいる。しかし、我慢だ。

「私、この間の返事を聞きに来たんですけど……」

「ああ、もちろん、後でちゃんと言いますから安心してください♡」

 この人、返事をあえて引き伸ばそうとしているのではないかと、そう思えてしまう。まあ、どうせ答えは昨日と変わらないだろう。

 私は諦めて、オムライスを口に運んだ。

 しかしその時、ポケットに入れていた私のガラケーのバイブが唸った。

 私はスプーンを置いて、すぐに画面を見る。

 インサニティが現れたようだ。

 蛍東さんは不思議そうに尋ねる。

「どうしました?」

「あの……」

 私は小声で、インサニティのことを話した。

 それを聞いた彼女は言う。

「取り敢えず行きなっす」

「けど……」

「あんたはインサニティ退治のプロフェッショナルなんでしょ?」

 プロフェッショナルかと言われると、甚だ疑問だが、それでも、インサニティを退治するのが私の役目だ。

「わ、わかりました!」

 私は店を飛び出した。



 外に出ると、だんだんと日が落ちて薄暗くなってきていた。

 私はガラケーの画面の地図を頼りに、インサニティを探す。

「ここらへんかな……」

 やがて、入り組んだ狭い路地裏に入る。

 しばらく彷徨っていると、不意に、全身真っ黒な怪物が目の前に現れた。そして次の瞬間に襲いかかってきた。

「っ!」

 私は、なんとか腕に念力を回しきって、攻撃を受け止める。

「っりゃあ!」

 そしてインサニティを押し返した。

 それでも、相手はこちらに飛び込んで来る。

 こんな狭い場所では戦いづらい。しかし、インサニティと戦いながら移動できるほど私は器用じゃない。

 私はふと、上を見上げる。

「上に行けば……」

 私は思いっきりジャンプした。そして、窓やらエアコンの室外機やらを伝いながら、ビルの屋上を目指す。

 インサニティが追いかけてくるが、思っていたより速い。

 それでもなんとか逃げ切り、屋上に転がり込む。そして、襲いかかってくるインサニティに、間髪入れずに念力を放つ。

 黒い身体が足元のアスファルトごとを吹き飛ぶ。

 そして私は、砕けたアスファルトの破片を操り、撃ち込んだ。

 油断するな。隙を与えるな。相手を圧倒しろ。

 どんどん撃ち込み、気づけば破片はもうなくなっていた。

 攻撃をやめた一瞬で、インサニティの反撃が始まる。

「ウガアアア!」

 黒い怪物は咆哮すると、一気に距離を縮める。

 蹴りが飛んでくる。

「あ"っ」

 直撃。

 私は後方に飛ばされて、柵に叩きつけられた。

「はぁ……はあ……」

 私は腹部の強い痛みに耐えながら、拳を握るインサニティを視界に捉える。

 まずい。また攻撃が来る。

 インサニティは私に近づいてくる。

 しかしその直後だった。私とインサニティの間に、何者かが割って入った。

 その姿は、蛍東さんだった。

 彼女は、インサニティの足を腕で必死に押さえつける。しかし、力負けして横に飛ばされてしまった。

「あぁっ!」

「蛍東さんっ!」

 彼女は床に転がる。しかし、すぐに起き上がって言った。

「……あたしも異能者。やっぱり、見てるだけっていう訳にはいかないっす」

「それって、一緒に戦ってくれるってことですか!?」

「どっちかっていうと、あんたがザコでよわよわだから見てられないってだけっすー!」

「はあ?」

 心外なことを言われたが、嘘ではないので何も言い返せない。

 蛍東さんは、煽るように笑ったかと思うと、目にも止まらぬ速さでインサニティに突っ込んでいった。そして、突き上げるように強烈なパンチを繰り出す。

 私も負けじと精神を集中させ、エネルギー弾を生成する。そしてそれを、インサニティにぶつけた。

 爆発。

 インサニティはふらつきながらもなんとか立っている。そして、黒い塊を出したかと思うと、巨大な鎌のように変形させた。

「はあ?あんなこともできるんすか!?反則反則!」

 蛍東さんは、驚いたようにそう言った。

 私も、武器を出すインサニティは初めて見た。

 しかしそれは、私たちの脅威ではなかった。

 蛍東さんは、巨大な鎌を振り回すインサニティを、素早い動きで翻弄する。

 その隙を突いて、私は相手の黒い腹に殴り込む。

「ガアッ!」

 命中。

「後ろ!」

 蛍東さんの声で振り向くと、鎌の刃が迫ってきていた。

 私は咄嗟にジャンプして避け、そのままバク宙で後方に下がる。

 インサニティの様子を見るに、かなり消耗が激しいようだ。

 もうひと押しで勝てる。

「2人で行きますよ!」

「了解っす!」

 私は右腕にありったけの念力を溜める。

 蛍東さんも拳を固く握る。

 私たちは、2人で同時にインサニティに殴りかかった。

「「っらああぁ!!!」」

 私たちの拳が、インサニティを貫いた。

「ガアアアア!!!!!」

 インサニティは断末魔を上げながら、黒い煙となって消えていった。

 蛍東さんはその様子を見ながら言う。

「これって、倒せたんすか?」

「はい。蛍東さんが来てくれたおかげです」

「……っしゃあ!」

 蛍東さんはガッツポーズをする。

 私は、そんな彼女に改めて聞いた。

「蛍東さん。HALFに入ってくれますか?」

 彼女は背を向けたまま答える。

「昨日そう言われてバカじゃねえのって思ったっす。けど今は……インサニティ退治も、案外面白そうかもって思ってるっす。だから――」

 彼女は私の方を振り向いて言った。

「あたし、あんたらと戦うっす」

 風がふわりと、蛍東さんのツインテールとスカートを揺らす。

 空はもうすっかり暗くなっていたが、屋上から見下ろす街は、明るかった。


 *


 次の日。私たちは柚先社長に呼び出された。

 事務所に行ってみると、普段は会議室にいる柚先社長が、外で海を眺めていた。

 そして、そこには柚先社長だけでなく、蛍東さんの姿もあった。

「おはようございます」

 挨拶をする私に気がついた柚先社長は、こちらに近づいてきた。

「おはよう、HALF諸君」

「先輩、そこにいる子は一体?」

 糖蘭さんが、不思議そうに蛍東さんのことを見る。

「あたしは蛍東。今日から皆さんとインサニティ退治をすることになったんで、よろしくっす!」

 蛍東さんは笑顔で挨拶した。

 糖蘭さんは困惑しつつも嬉しそうに言う。

「まさか、僕が愛神を探してる間に、新しい子が入ってくるとは。とにかくありがたいね」

「ま、よわよわ夜子より活躍するんで、見ててくださいっす!」

「よわよわっていうのやめてください」

 私はムッとしながら、蛍東さんにそう言った。

「じゃあ、ザコザコっすね!」

「変わってないです!」

 私と蛍東さんがそう言っている隣で、柚先社長は糖蘭さんに話しかけた。

「そういえば、結局愛ちゃんは見つからなかったようだね」

「柚先先輩が教えてくれたら一発でわかるんですけど?」

「それは本人が嫌がるからレギュレーション違反だよ」

 そんな彼女たちのやりとりに、蛍東さんが不思議そうに反応する。

「なんすか、行方不明の人でもいるんすか?」

 私は愛神先輩のことを話そうとしたが、長くなるのでやめておいた。

「まあ、ちょっと色々ありまして……」

「はHALFも大変なんすねえ」

 蛍東さんは他人事のように言う。いや、彼女からすれば他人事か。

 柚先社長は言う。

「ま、蛍くんが心配するようなことではないよ。そんなことより、今日は君にやってもらいたいことがあってね……」

「なんすか?」

「君の実力を見せてもらいたいんだよね」

「実力?一体何をしろって言うんすか」

「そりゃもちろん、この中の誰かとタイマンしてもらうんだよ」

 蛍東さんは頷く。

「なるほど、そういうことっすね」

「順当に考えると、ここは糖くんに出てもらうのがいいかな」

「僕ですか?」

 糖蘭さんは嫌そうにしながら、柚先社長の顔を伺う。

「だって、俺はこないだ右腕生えてきたばっかりだよ?それとも夜ちゃんにやってもらう?」

「そう言われると僕しかいないのはわかりますけど……そもそも、愛神じゃあるまいし、タイマンなんてしなくてもいいのでは?」

「全く、糖くんはまだまだのようだね。仲間の実力を把握しておくのは重要事項だよ?」

「わかりましたよ……やりゃいいんでしょやりゃあ」

「それじゃあ2人とも、準備しようか」

 柚先社長の声で、糖蘭さんと蛍東さんは位置についた。

 
 
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