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魔法少女ねねこちゃんの秘密

 私の名前は神宮ねねこ。京都府京都市左京区鞍馬本町に住んでる、どこにでもいるような普通の女子高生。そんな私には、誰にも言えない秘密がある。


  *


 授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。クラスメイトたちが席から立ち上がったり友達同士で喋ったりして、教室は一気に騒がしくなる。私は一人で、次の授業の授業に使う教科書やノートを準備していた。そのとき、制服の上着のポケットに入れていた携帯から、いつもの通知音が聞こえてきた。

 この通知音が鳴ったということは、静岡であの人が助けを求めているということだ。

 私はすぐさま教室を出て、そのまま近くのトイレの個室に入る。そして胃の中に隠しておいたピンク色のステッキを、胃酸やその他諸々と共にオエっと吐き出して、

「変身!」

 と叫んだ。すると私の全身が発光し、ピンク色の魔法少女的な衣装に包まれる。この衣装に身を包むと、勇気や元気が湧いてくる。

 魔法少女に変身した私は、すぐさまトイレの奥にある窓を開け、そこから飛び降りる。ここは四階だが助けを待っている人がいる以上、階段なんか使っていられないのだ。着地した際の衝撃が思ったより強く、耳の骨が折れてしまったが、そんなことを気にしている暇はない。近くに止めてあった自転車を拝借した私は、光の早さで静岡に向かった。

 静岡の現場には一瞬で着いた。道中、名神高速道路の数カ所を破壊した気がするが、いつものことなので気にしてはいけない。

 静岡の現場は閑散とした住宅街で、遠くに富士山が見える。私は住宅を壊さないようにゆっくり進んだ。すると、ある古いアパートの横に止めてある黒い外車と、ヤクザ感満載の三人の怖いお兄さんたちを見つけた。お兄さんたちは、アパートの一室の扉を執拗に叩いたり、インターホンを連打したりしていた。

 間違いない、あいつらは闇金業者の借金取りだ。

 私は自転車を近くに置いて、お兄さんたちにステッキの先を向けながら、

「そこまでよ!この魔法少女ねねこちゃんが来た以上、あなたたちの命はないわよ!」

 そう叫んだ。私の言葉に反応したお兄さんたちは振り向き、ガンを飛ばしてくる。

「あぁ?魔法少女ねねこちゃん?馬鹿にしてんのか?」

「闇金は粛清よ!」

 私はそう叫び、ステッキを構えて一気に攻める。

 一番手前にいるお兄さんが構える前に間合いを詰めた私は、そのままステッキを振りかざす。お兄さんの頭から、骨が割れる音とともに血などの内容物が吹き出し、私の顔に付着する。もう一人のお兄さんが私にパンチを繰り出してきた。それに反応した私は、迫ってくる拳をステッキで叩き潰す。お兄さんの拳は、鈍い音と共にぐしゃっと潰された。そして、私は息の根を止める勢いで何度も叩き潰す。跳ね返ってくる血が、私の顔や服を赤くする。

 一連の出来事を見ていた、一番奥にいたお兄さんの顔は真っ青だった。

「頼む…命だけは助けてくれ!」

 そう懇願してきた。さっきまでのヤクザ感はどこに行ったのやら。しかし今ここで見逃せば、私の顔が他の闇金業者に広まってしまう。それは避けなければならないので、私はためらいもなく、ステッキでお兄さんの頭を叩き落とした。

「ふう…これにて一件落着☆」

 私は顔についた返り血を腕で拭い、ゲットした食材の調理方法を考える。するとアパートの扉が開き、オーバーサイズのパーカーを着た、長い髪の女性が顔を覗かせた。

「あの…いつも助けていただいて、本当にすみません」

 彼女は品川まりこ。私が十六年間、借金取りから守っている人だ。

 私は笑顔で、

「いえいえ、気にしないでください。これも私の仕事なんですから。それでは私はここで」

 そう言って帰ろうとした。しかし、ここまで乗ってきた自転車はすでに溶解したアルミニウムと化しており、近くのアリの巣に流れ込んでいた。どうやら光速移動に耐えられなかったらしい。

 とはいえ早くしないと次の授業が始まってしまう。それに食材を持って帰らなければならない。仕方がないので、お兄さんたちが置いて逝った黒い外車に食材を詰め込み、京都まで乗って帰ることにした。


  *


「私はこれからどうしたらいいのでしょうか…」

 まりこは不安そうに言葉を漏らした。

 今日は土曜日なので、私はまりこの部屋に来ていた。

 六畳ほどの小さい部屋で、壁には穴が空いていたり、窓ガラスにはヒビが入っている。私とまりこが座っている座布団はボロボロだ。おまけに、ちゃぶ台も若干腐っていた。普段からここでまりこが生活していることを考えると、いかにつらい生活をしているのかを思い知らされる。

 まりこは本当に不憫な人だ。彼女には愛する奥さんがいた。しかし十七年前。彼女の奥さんは、流々羽るるというVtuberにガチ恋して、スパチャで五兆円もの借金を作ってしまった。それだけでなく、インターネットの波に身を投げ、リアルの人間ではなくなってしまった。残されたまりこは当然、この多額の借金を返済できるわけもない。その結果、毎日のようにやって来る借金取りに怯えながら、貧しい暮らしを強いられているのだ。

 そして、私はそんな彼女にとても同情していた。

「確かに……このまま何もしないわけにもいかないですよね。とはいえ、私たちには五兆円もの金のあてなんてないし……」

「……」

 しばらく沈黙が流れる。実際、何年もこんな風に集まって話し合ってきたが、解決策など無いに等しいのだ。こんな国防費並の大金は、銀行強盗をしても手に入るかどうか分からない。

「……私、思うんです。」

 ふと、まりこがつぶやいた。

「もういっそのこと、私もインターネットの波に身を投げてしまったほうがいいんじゃないかって」

「そんなことしたらだめですよ!」

 私はその言葉を聞いた瞬間、思わず大きな声で叫んでしまった。

「ひっ⁉︎」

 私はまりこを驚かせてしまった。

「すいません。けど、インターネットの波に身を投げるのは、代償が大きすぎます」

「……確かに、学生時代の厨二病をこじらせた創作ノートを親戚一同に晒されるのは苦痛以外の何者でもないでしょう。けど、五兆円の借金から逃れられるのなら……」

 まりこの手が震える。彼女は相当悩んでいるのだろう。私はその手を自身の手で優しく包んだ。

「まりこさんには私がついています。だから、どうか、そんなことはしないでください」

「……どうして……」

 まりこの声は僅かに震えていた。

「……?」

「どうしてねねこさんはそんなに私のことを気にかけてくれるんですか?」

「……そんなの決まってるじゃないですか」

「……?」

「私の父が、テクノブレイクする直前に言ったんです。『誇りを持てる人生を送りなさい』って。当時三歳だった私は、この言葉を聞いて決意したんです。絶対に父のようにはならないって。だから、まりこさんを助けたいんです」

「ねねこさんは本当にいい人ですね。……本当。私、あなたに出会えて良かったです。」

 まりこは微笑んだ。それを見た私は、少し嬉しい気持ちになった。そして、この笑顔を守りたいと思った。


  *


 帰りの道中、私は薄暗い名神高速道路を、スケボーで走っていた。道路の横には、青黒い海が広がっていた。私はそれを横目に、五兆円を集める方法を考えていた。今まで何度考えても思いつかなかったが、ふとこんなことが頭に思い浮かんだ。

 この五兆円もの借金は、流々羽るるへのスパチャでできたものだ。それなら今、五兆円を持っている人は……

 もはや躊躇していられないのだ。少しでも可能性があるなら、あそこに行くしかない。

 深夜三時。私はとある会社の社長室に訪れた。ここに、五兆円の借金を返すことができる手段があるはずなのだ。



 高層ビルの最上階に近いところにあるこの部屋はとても広い。壁一面がガラス張りになっていて、眼下に広がる大津京の街明かりがよく見える。

「やあ、珍しいね。君が来るなんて」

 そう言ったのは、部屋の奥で黒いゲーミングチェアに足を組んで座っている、五歳くらいの女児だった。

 女児はこちらに振り向き、続ける。

「いつも見ているよ、君の活躍を。弊社はますます成長することができるよ、君のおかげで」

 女児は心底嬉しそうな顔をして、

「期待しているよ。神宮ねねこ……いや、流々羽るる」

 そう言った。

 私はとても不愉快になり、思わず眉をひそめる。

「確かに、私はスパチャで十兆円以上稼いで、弊社ララライブに貢献してきたわ。けど、稼いだ金の大半は、あなたが持っていったじゃない。それに、私に貢ぎすぎて借金を負っている人もいるのよ」

「どうしたんだい、それが。社長だよ?私は。それに自業自得じゃないか、借金なんて。別に必要なんてないさ、気にする」

 女児は邪悪な笑みを浮かべた。

「それじゃあ、私が稼いだ金は返してくれないっていうこと?」

「返すわけもないさ、もちろん」

 当然のことのように突きつけられた無慈悲な見解。それを目の当たりにした私は、もはや穏便に済ませられる案件ではないことを悟ってしまった。

「そうなのね、それじゃあ……」

 もう私の中にためらいなどない。

 私は、胃の中にしまってあるステッキを、胃酸やその他諸々と共に吐き出す。そして、魔法少女に変身した。

 そんな私を見た女児は、もちろんのこと驚いていた。

「ど、どういうことだ、これは」

 私は女児を睨み、

「あなたの財産をよこしなさい!そして死ね!」

 そう言い放った瞬間、女児の腹部に向けてステッキを振りかざす。

「あぎゃっ」

 ステッキを避けきれなかった女児は、苦しそうな声を出してゲーミングチェアから転げ落ちた。私は、床に倒れた女児の頭を掴み、喉に手を突っ込んだ。すると案の定、女児は胃酸やその他諸々と共に、大量の福沢諭吉を吐き出した。

 この福沢諭吉の大半が、私が稼いできたものなのだ。そう考えると、金を横取りしていった女児に対する怒りが最大値になった。私は、掴んでいた女児の頭を乱暴に放した。

 女児は虚ろな目をこちらに向けて、声にもならないようなうめき声をあげる。

 私は、真顔で女児の顔を覗き込んだ。怒りは最大値のはずだが、なぜか冷静でいられた。

「……あなたのおかげで私は流々羽るるになって、スパチャ女王になれた。それは今でも感謝してる。けどね、あなたは金に固執しすぎよ」

 私は女児の頭にステッキを勢いよく突き刺した。

「ばいばい、社長」

 静かにそう言ったあと、手に入れた食材と大量の福沢諭吉を全て回収した。

 

  *


「ほ、本当に全額返済したんですか⁉︎」

 まりこは限りなく顔面を近づけてそう言った。

 あのあと、私は女児から回収した金を闇金業者に渡した。そして、今はまりこの部屋に来ている。

「ええ、だからもう、借金生活とはおさらばですよ」

「良かった……本当にありがとうございます。なんとお礼したらいいのやら」

「いえいえ、お礼なんてとんでもない。私は魔法少女です。困っている人を助けるのが仕事ですから」

 私はガッツポーズをして言ったが、まりこは少し寂しそうな表情をした。

 どうしたのだろうかと思うと、彼女は言った。

「……借金返済が完了したということは、ねねこさんはもうどこかへ行ってしまうんでしょうか……」

「まりこさん……」

 彼女は声を張り上げた。

「……私、ねねこさんと、もっと一緒にいたいです!だから、だから……」

 それを聞いて、私は微笑んだ。

「ええ、私はどこにも行きませんよ、まりこさんが望むなら」

 

  *


 それから私は今まで通り、まりこのもとへ通い続けることとなった。

 あるとき、彼女に奥さんのことを聞いてみたところ、

「もうあの人がリアルに帰ってくることはないんです……いつまでも引きずっているわけにはいきません」

 という返事が帰ってきた。彼女なりにいろいろ考えた結果なのだろう。

 もちろん、借金の元凶であろう私が流々羽るるであるということは話していないし、話す予定もない。もしこの事実をまりこが知れば、今の私たちの関係がどうなるか分からない。やはり隠し事をするというのは多少の罪悪感を感じるが、世の中には明かさない方がいい秘密だってあるものだ。

 だから、私はこの秘密を誰にも言うことはないだろう。

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