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第5話、確固たる意志で言い放った

  • 執筆者の写真: もやし 朝稲
    もやし 朝稲
  • 2月19日
  • 読了時間: 21分

 目の前に紫色のビームが迫って来る。

 私は死を覚悟した。

 視界が明るくなったと思うと、身体に衝撃が走る。

「っ!!」

 そしてそのまま、私はバランスを崩して倒れた。

「はあ、はあ……」

 私が起き上がると、隣に糖蘭さんが倒れていた。

「糖蘭さん!?大丈夫ですか!?」

 彼女は起き上がりながら口を開いた。

「僕は平気だよ。それより夜子は大丈夫?怪我はない?」

「大丈夫です」

 私はそう言って糖蘭さんの身体を一瞥した。すると、彼女の左肩から血が出ていることに気がついた。

「その怪我……全然大丈夫じゃなさそうですけど」

「ああ、さっきのビームが当たったみたい。バリアのおかげで威力が落ちてたのが幸運だったよ。それよりさっきのは……」

 ビームが放たれた方向を見ると、そこには黒い人影が立っていた。

 それを見た瞬間、私の心臓がドクンと跳ね上がった。

 そこに現れたのは、インサニティだった。しかし、ただのインサニティではないようだった。

 真っ白な2対の翼、先の尖った黒い尻尾は、他のインサニティにはないような、異様な雰囲気を醸し出している。そして、頭から生えた悪魔のような黒い角と天使のような白い翼が、柚先社長が言っていたイレギュラー02の特徴と重なった。

 私はおそるおそる、糖蘭さんに聞いた。

「あれってもしかして……」

 彼女も、それに気づいているようだった。

「イレギュラー02だね」

「やっぱり、そうですか」

 イレギュラー02はギョロっした大きな目で、こちらを捉えたかと思うと、勢いよく突っ込んできた。

 私と糖蘭さんは咄嗟に二手に分かれて避ける。

 私が攻撃する暇もなく、真っ黒な拳がやってきた。

 避けられない。

 私は腕に念力を集中させ、イレギュラー02の攻撃を受け止めようと構えた。

 しかし、あまりにも力の差が大きすぎた。

「ああぁっ!!」

「夜子!!!」

 私の体は、何十メートルも吹っ飛んで、ビルの窓ガラスを突き破った。

 ガシャーンと、ガラスが割れて飛散する。

 強すぎる。

 私が今まで見たことのあるインサニティとは比べ物にならなかった。

 イレギュラー02の攻撃は、念力で多少は防ぐことができたので、直接私の体に当たることはなかった。しかし、それでもかなり痛い。

 腕はイレギュラー02の拳から出た衝撃にやられて、内出血がひどい。

 イレギュラー02は、容赦なくこちらに近づいてくる。

 私が立ち上がった瞬間、青白く光るチェーンが、イレギュラー02を捕らえた。

 糖蘭さんだ。

 彼女は高く飛び上がったかと思うと、足元にバリアを展開し、上からイレギュラー02を押しつぶそうとした。

 しかし、チェーンはイレギュラー02にちぎられた。

 糖蘭さんは、自由になったイレギュラー02に弾かれて、体勢を崩した。

 その隙に撃ち込まれたイレギュラー02の拳は糖蘭さんに直撃した。

「ゔっ」

 彼女は胃液を吐いて、そのまま数メートル後ろに飛ばされた。

「糖蘭さん!」

 私は、周囲に散らばったガラスの破片を、念力でイレギュラー02に向かって飛ばした。

 しかし、ほとんど効いていないようだった。

 イレギュラー02はこちらに振り向くと、闇のように真っ黒なエネルギー弾を、いくつもこちらに飛ばしてきた。

「っ――!」

 私は咄嗟に両腕を前方に伸ばして、念力を放った。

 念力とエネルギー弾がぶつかり合って、爆発を起こす。

 イレギュラー02は、急速に距離を縮めてくる。

 私はもう一度念力を放った。しかし、イレギュラー02を止めることはできなかった。

 私は、イレギュラー02に頭を掴まれたかと思うと、投げ飛ばされた。

 そして、勢いよく糖蘭さんにぶつかった。

「うわっっ」

 私が糖蘭さんの上から退こうとすると、私たちの頭上に飛び上がったイレギュラー02がいた。

 イレギュラー02はこちらに降って来る。

「夜子、避けて!」

「っ――!」

 私と糖蘭さんは、転がるようにその場から離れた。

 するとイレギュラー02は、私たちがいたところに勢いよく着地した。

 その衝撃で地面のアスファルトが砕け散る。空気が揺れる。

「うわあああああっ!!」

 衝撃波が瓦礫と共に、私と糖蘭さんを空中に飛ばす。そして、私たちはビルの4階くらいの壁を貫通した。

 全身が痛みで麻痺する。糖蘭さんが庇ってくれたが、死んでもおかしくなかった。

 ふと、見てみると、地面にはクレーターのようなものができていた。

 私は肩で息をしながら言う。

「はあ、はあ……柚先社長が言っていた通り、ものすごく強いですね……」

「そうだね……けど、半年前はよりもっと強くなってる気がする」

「えっ……」

 私は衝撃を受けた。柚先社長の言うには、半年前に5人で戦ったときでさえ、相打ちだった。そこからさらに強くなっているとなると、正直勝てるのか怪しい。

 糖蘭さんは冷静に言う。

「とにかく、愛神と柚先先輩が来るまでの辛抱だ」

「そ、それまで私たちだけでやれますかね?」

「大丈夫」

 彼女がそう言った直後、イレギュラー02からビームが放たれた。

「っ――!」

 またさっきのビームだ。

 糖蘭さんはバリアを2枚重展開した。しかし、1枚目はすぐに砕けてしまった。

 もう1枚に入ったヒビもすぐに広がり、やがて砕け散った。

 しかしそれと同時に、ビームはバリアに反射するように上の方に方向を変えて飛んでいった。そして、一個隣のビルの上の方に当たったかと思うと、大きな爆発を起こした。

 コンクリートの残骸が飛び散る。

 糖蘭さんは青白いチェーンを何本も出したかと思うと、その残骸たちを絡めとる。

「おりゃあ!」

 そして、イレギュラー02にめがけて、隕石のように落としていった。

 残骸は砂埃をたてながら、イレギュラー02を生き埋めにした。

 糖蘭さんは私の方に振り返って言う。

「逃げるよ」

「はい!」

 私は頷き、糖蘭さんの後についていく。

 イレギュラー02はコンクリートの残骸から出てくると、すぐに追ってきた。

「あいつ、もう追いかけて来ましたよ!?」

 私がイレギュラー02の素早さに驚いていると、突然、糖蘭さんがこちらに手を伸ばしてきた。

「ちょっと失礼」

「?」

 彼女は、困惑する私を横から抱えたかと思うと、勢いよくジャンプした。

 急速に地面が離れていく。

「えっ、何ですか急に!」

 糖蘭さんは近くのビルの屋上に着地したかと思うと、次々に別のビルに乗り移っていく。

 まるで空を飛んでいるようだった。

 風が私の頬を撫で付ける。

 ふと、私は後ろを振り向いた。そこには、ビルの上を走り抜けて私たちを追いかけてくる、イレギュラー02の姿があった。

「なかなかしぶといやつだね」

 糖蘭さんもそれに気がついたらしく、スピードを上げる。

 落ちないようにと、糖蘭さんを掴む腕に自然と力が入る。

「あのお2人はまだ来ないんですか!」

「柚先社長ならすぐに気がつくと思うんだけどな」

 私たちがそうこう言っていると、後方からいくつものエネルギー弾が飛んできた。

「うわあ!」

「しっかり掴まってて!」

 糖蘭さんはそう言うと、エネルギー弾を交わしていく。

 そして、次のビルに飛び移ろうとしたとき、ビームが放たれた。

 糖蘭さんもすぐにビームに気がついて、避けようとした。しかし、すでに彼女の足は宙に浮いていた。

「――まずい!」

 その直後だった。

 下から柚先社長が飛んで来たかと思うと、彼女はビームを受け止めた。そして、重力に従って落下していった。

 私は突然のことに戸惑った。

 糖蘭さんも同じようだった。

「柚先先輩!?」

 私たちが下に降りると、そこには柚先社長と愛神先輩がいた。

「おまたせ」

 柚先社長はそう言った。先ほどビームに直撃していたが、大したダメージではないようだった。

 愛神先輩は柚先社長の横で頬を膨らます。

「何で連絡くれなかったの?言ってくれればもっと早く来たのに!」

 糖蘭さんは言う。

「ごめんって。連絡する暇がなくて」

「まあ、俺がいるんだし、いいじゃん」

「たしかに……今回は柚先社長のプライベート侵害体質が役に立ったのか……ぐぬぬ」

 愛神先輩は少し不満げなようだった。

 私は、イレギュラー02がいるであろうビルの屋上を眺めて言う。

「それにしても、イレギュラー02、思ったより早く来ちゃいましたね」

「そうだね。もうちょっと待っててくれてもよかったんだけどなあ」

 柚先社長は言う。

「これ、勝算ありますか?」

「うーん、どうだろうね。夜ちゃん次第かな」

「え、どういうことですか?」

 よくわからないことを言われて、私は困惑した。

 私がいまいちピンと来てないところに、いつのまにか神秘のチューニングを終えたらしい愛神先輩が言う。

「何も心配しなくても、最強の私がいるんだから大丈夫!今回こそ絶対にやっつけてやるんだから!」

 すると、上からイレギュラー02が落ちてきた。

「避けて!」

 柚先社長の言葉と同時に、地面にクレーターができた。

 衝撃波が発生し、私たちは柚先社長を除いて吹き飛ばされた。

「うっ――!」

 なんとか受け身をとり、体勢を立て直す。

 柚先社長は涼しい顔で先頭に立つと、私たちに言った。

「それじゃあ、愛ちゃんと俺で前衛張るから、糖くんと夜ちゃんは後方支援を頼んだ」

「「「了解!」」」

 柚先社長と愛神先輩は、イレギュラー02の方へ飛び出して行った。

 まず、愛神先輩はビームを撃った。

 私と戦った時とは比べ物にならないほどの火力で、弾幕になってイレギュラー02に降り注ぐ。しかし、素早いイレギュラー02の動きで、避けられてしまう。

 柚先社長はその弾幕の間に入り込み、イレギュラー02に接近、顔面を殴った。

「よっっと」

 その衝撃で周りの地面にヒビが入る。しかし、イレギュラー02は怯まずに、柚先社長にエネルギー弾を直撃させた。

 柚先社長は特に抵抗もせず、そのまま飛ばされた。

 私もなんとか援護しようと、瓦礫を念力で浮かせた。そして、そのままイレギュラー02に投げつける。

 しかし、エネルギー弾で相殺されてしまった。

 やはり、私の力ではイレギュラー02にダメージを与えられるだけの火力を出せない。それでも、ほんのわずかに隙ができた。

 愛神先輩は光の剣を出したかと思うと、間髪入れずにイレギュラー02に斬りかかる。

「おらあ!」

 しかし、イレギュラー02は光の剣を掴んで、愛神先輩ごと地面に叩きつけた。

「あ"っ」

 イレギュラー02は愛神先輩を踏みつけようとするが、すんでのところで糖蘭さんのチェーンがイレギュラー02の動きを止めた。

「今だよ、愛神」

「言われなくても分かってるよ!」

 愛神先輩は、キレ気味に返事をすると態勢を立て直し、両手に溜めた光のエネルギーをゼロ距離で解放した。

 大きなエネルギーが黒い身体に着弾し、まばゆい光を放った。爆発する。

「これでどうだ!」

 愛神先輩は大きな目を開きながら、様子を伺う。

「まだだよ」

 戻ってきた柚先社長がそう言うと、砂埃の中からイレギュラー02が現れた。それは、愛神先輩の攻撃をものともしないで立っていた。

 愛神先輩は感情を高ぶらせて怒鳴る。

「クソッ!糖蘭!もっと神秘を増やせ!」

「ダメだよ。これ以上やると危ない」

「けど、さっきの攻撃がほとんど通らなかった!」

「ガアアアア!」

 そう言っている間にイレギュラー02は咆哮したかと思うと、その直後、身体中からビームを放った。

 それが、愛神先輩の腹部を貫いた。

 突然の出来事だった。

「うっっ――」

「愛神先輩!?」

 彼女は血を流しながらその場で倒れた。

 ――愛神先輩がやられた!!

 その事実が正常な思考を阻害して、身体が動かない。

 それは柚先社長も糖蘭さんも同じようだった。

 それでも容赦なく、ビームは目の前に迫ってくる。

 私は糖蘭さんの方を見たが、彼女はバリアを展開して、目の前のビームを防ぎ切るので精一杯のようだった。

 詰んだと思ったその瞬間、目の前に柚先社長の背中が現れた。

 彼女の左腕は、角と同じピンク色の結晶になっていた。彼女はその手で、エネルギー弾を受け止めた。

「よっ、と」

 エネルギー弾は柚先社長の手の中で爆発した。

 そして彼女はすぐに、イレギュラー02と距離を詰める。もちろんその間、彼女の身体はいくつものビームが直撃して傷ついた。しかし、彼女はそれを気にも留めなかった。

「おりゃあ!」

 彼女はイレギュラー02の頭を蹴り飛ばした。

「ガハッ」

 イレギュラー02は数十メートル先に飛んでいった。

 柚先社長は笑顔でこちらを向いた。

「みんな大丈夫?」

「まあ、なんとか」

 糖蘭さんはそう答えた。

「大丈夫に見える?」

 愛神先輩は不満げにそう言いながら起き上がった。

「うわあ!愛神先輩生きてたんですか!?」

「勝手に殺すなし」

「すいませんっ」

 愛神先輩は、傷口から血をダバダバと出している。普通なら命に関わるような危険な状態だが、彼女は平気そうにしている。

 柚先社長は私の元に来て、手を差し伸べた。

「夜ちゃんは大丈夫?まだいけそう?」

「はい、大丈夫です」

 そのとき、愛神先輩が叫んだ。

「後ろ!!!」

 私が何事かと思ったときには、すでに柚先社長は後ろを向いていた。

 目の前にイレギュラー02が迫り、こちらに手を伸ばしてきた。

「っ!」

 柚先社長は、私を守るように腕でガードする。

 しかし彼女の腕はイレギュラー02に掴まれた。

「あっ」

 嫌な音がした。

 彼女の右腕が引きちぎられた。

 真っ赤な血が飛散する。

 それに紛れるように飛び散る肉塊は地面に落ちると、淡いピンク色の石になった。とてもきれいだった。

「え……?」

 私は、目の前で起きた出来事が、現実に起きたことだと認識することができなかった。

 イレギュラー02は青白いチェーンで拘束された。

 そして、愛神先輩の叫び声が聞こえてきたかと思うと、とてつもない火力のビームがイレギュラーを焼いた。

 柚先社長はこちらを振り向いて言った。

「危ないところだったね」

 彼女は右腕はなくしても、平然としていた。

 右腕の、ぐちゃっとした断面が見える。血がどくどくと溢れて、地面を赤くしていく。

「うっ……」

 私は咄嗟に口を押さえて、膝から崩れ落ちた。何か、嫌な感覚に襲われた。

「夜子、大丈夫!?」

 糖蘭さんが、私を受け止めた。

 まずいと思ったのも一瞬で、喉の奥から込み上げてきたものを、私は地面にぶちまけた。

 口の中が胃酸の味になる。

 視界の焦点が合わなくなる。

「はあ……はあ……」

 糖蘭さんに背中をさすられる感触さえ、気持ち悪くなってくる。

「ああ……ごめんね。ちょっとミスっちゃった。腕は胴体より細いし脆いからね」

 柚先社長は、なくなった右腕を見て、少し悲しそうに言った。

 わけがわからない。

 ミスったどころでないはずなのに、彼女はどこか他人事のように言った。

「あ、あと、そろそろ血液不足で動けなくなるから、あとは頼んだよ」

「え」

 柚先社長はそう言うと、バタッと倒れた。

 さらにわけがわからならなくなった。

 ――これって、私のせい?

 そうだ、そうに決まっている。私が油断したから……。

 しかし、そんなことはお構いなしに、イレギュラー02はこちらに接近してくる。そして、休む暇もなくビームを放ってきた。

 糖蘭さんがバリアを展開し、なんとか耐え切る。

「愛神、これ、まだ勝算あると思う?」

「あるよ。最近の私がいる限りはね」

「かっこいいこというじゃん」

「私は最強だから当然のセリフだよ」

 愛神先輩は自信満々に言った。こういう状況では、彼女のような態度が頼りに思えてくる。

 そんな愛神先輩は、私の方を向いて聞いた。

「ところで、夜子ちゃんはまだ戦える?正直、無理にとは言わないんだけど」

 もし、ここでノーと言えばどうなるのだろうか。きっと、私が見た夢の通りになってしまうだろう。それだけは避けたかった。それに、柚先社長は、この戦いは私次第だと言った。諦めるにはまだ早い。

 私は腕で口を拭い、立ち上がって答えた。

「まだ、戦えます!」

「その言葉を聞きたかった!」

 愛神先輩はそう言うと、イレギュラー02にビームを撃ち込んだ。

 やはり大した効果があるように見えない。イレギュラー02はこちらに殴りかかってくる。

「わっ!」

 私は目の前に来た拳を、咄嗟に避けた。

 そして、拳に念力を集中させて、殴り返した。拳と拳がぶつかり合う。

 しかし、イレギュラー02の力は強かった。私は力負けして、そのまま数十メートル先まで飛ばされた。

「うっ――」

 今まで感じたことのない痛みが走る。立ち上がることもできなければ、まともに呼吸すらできない。内臓が潰されたのか、肋骨が折られたのか。

 しばらく愛神先輩とイレギュラー02はビームを撃ち合ったが、突然、イレギュラー02が手の中にエネルギーを溜め始めた。

「まずい!デカいのが来る!」

 糖蘭さんがそう言った直後、私目掛けて高火力のビームが放たれた。空気が焼ける。

 愛神先輩が私を担いで、避けようとした。しかし間に合わなかった。

 すぐに糖蘭さんが飛んできて、バリアを多重展開した。

 ビームがバリアに直撃すると、バリアは次々と、面白いほどに簡単に割れてしまった。

「あ"っ」

 私は愛神先輩に抱きしめられながら、コンクリートの残骸に直撃した。そして、地面に倒れ込んだ。

 また喉から何かが出てきたかと思うと、今度は血が出てきて愛神先輩の肩にかかった。

「げぼっ」

 口の中が鉄の味に更新される。気持ち悪い。

 私がそうしている間にも、愛神先輩はよろめきながら立ち上がり、前方に歩いて行った。その先には糖蘭さんが倒れていた。

 ――糖蘭さん……!

 私は彼女の名前を呼ぼうとしたが、うまく声が出せない。それどころか手足に力が入らない。

「こりゃあダメか」

 愛神先輩はそう呟いた。諦めの混じった声だった。

 私の頭は混乱した。

 ――ダメって何?

 愛神先輩は私の方を向いて言った。

「ごめん夜子ちゃん。全部私のせいなんだ。私が、本気出さなかったから……。いくら修行したって、これじゃあ意味ないよね」

 私は愛神先輩の顔を見上げる。

 彼女の瞳の星は、殺意を燃料にするようにきらめいている。

「……先……輩?」

 私はなんとか声を絞り出す。

「私があいつをぶっ殺す。で、今度こそ私が最強になる」

 愛神先輩はそう言うと、周囲に大量の光の球を出した。

 その瞬間、ガラスが割れる音がしたかと思うと、彼女の左肩に亀裂が入った。

 噴水のように血が飛び散る。

 愛神先輩は神秘崩壊の痛みに顔を歪めながらも、躊躇なく光の球からビームを放った。

「あ"ああぁぁぁ!!!」

 おびただしい量のビームが、イレギュラーに迫る。

 私は、チューニング無しの愛神先輩の実力を目の当たりにして、彼女に一種の恐怖を抱いた。

 イレギュラー02はビームの間を縫うように駆け抜ける。

 愛神先輩がビームを撃つたび、彼女の身体は壊れていく。やがて顔もヒビが入ってきた。そして次第に、彼女は痛みを気にしなくなった。

 いつ身体がバラバラになってもおかしくない状態だった。正直、この状態で生きていられる方が不思議なくらいだった。

 それでも彼女は、笑いながら戦っていた。

 私はそれを見ていられなくなった。

 愛神先輩は、いくつもの光の剣を出して、イレギュラー02に投げつける。

「あはは!痛みって意外と簡単に消えるもんだね!」

 彼女はそう言う。精神までもが蝕まれている。

 このままじゃ確実に愛神先輩は死ぬ。けど、彼女を止められるわけがなかった。

「起きてください……糖蘭さん……」

 私は藁を掴む思いで願ったが、目の前の糖蘭さんは目を覚まさない。

 柚先社長の方も見るが、彼女も一向に目覚める気配がない。

 まだ遺石化していないことが唯一の希望だったが、そんな希望すらいつ消えるかわからない。

 私はどうすればいいのかわからなかった。

 目元が熱くなって、涙が溢れてくる。

 夢で見た赤い空が、ありありと頭の中に浮かんでくる。

 結局、予知夢の通りになるしかないのか。私には何の力もなかった。無力感が、余計に私を苦しめた。

 だんだん視界にノイズが混ざってくる。

 ――私たち、このまま死ぬんだ。

 そう思いながら、まぶたが重くなるのを感じた。

 そのとき、ふと思い出した。

 

 ――うーん、なんて言うんだろう、何か感じるんだよね。この子強いなっていう

 ――わかる。出会った瞬間オーラ的なものを感じたよ。まあ、私の方が強いんだけど

 ――何なんだろうね。内に秘めるパワー、みたいな……?


 あの3人は、私から何を感じ取ったのだろう。もし、あの3人が言ったことが本当だったら?

 私が最後の切り札になり得るのか?

 わからない。けど、ここでやらなければ、私が手に入れた大切なものが、全部なくなってしまう。

 糖蘭さんと出会って、愛神先輩とタイマンして、柚先社長と修行して……

 あの3人との、たった10日程度の短い時間。それでも私にとっては、唯一、ここが居場所だと思えた。

 それを手放したくない。もっとずっと、みんなといたい。

 だから、やらずに後悔はしたくない。

 だんだんと、身体中から力が溢れ出してきた。

 何が起こっているのかはわからない。

 気がつけば、私は立ち上がっていた。

 足元が紫色に発光しだした。

 私の身体中に、黒い模様が浮き出ていた。

 今なら何でもできる気がする。

「夜子……ちゃん……?」

 私のことに気がついた愛神先輩は、こちらを見やると目を丸めた。

 私は彼女に近づきながら言った。

「ここからは私に任せてください」

「けど……」

 愛神先輩は言い終わらないうちに、よろけて膝から崩れ落ちる。

 私は彼女を受け止めた。間一髪だった。

 彼女の腕からは鮮やかなオレンジ色の砂が、ポロポロとこぼれ落ちていく。その身体は、少しでも衝撃が加われば砕けそうな状態だった。

 私は彼女に言った。

「もう無理しないでください」

「けど……私がやらなきゃ。最強の私がやらなきゃ。私しかいないんだよ」

 愛神先輩はつらそうに口を開く。

「そんなことないですよ。だって、私がいるんですから」

「え……」

 私は、困惑した顔をする愛神先輩を、静かに地面に寝かせた。

 私はイレギュラー02の方に向かって手を伸ばした。


 そして、確固たる意志で言い放った。

「私が、HALFのラストリゾートになります」

 

 その直後、指先にものすごいエネルギーが集まったかと思うと、空気が揺らいだ。

 そして、ビームが放たれた。

 ビームの軌道に沿って、地面のアスファルトがえぐれていく。

 しかし、イレギュラー02には回避されてしまった。

 ビームは近くのトラックに直撃した。ものすごい爆発が起こる。近くの建物のガラスは、衝撃波で砕け散った。爆風が私の髪の毛を揺らす。

 こんな力が私にあるとは思わなかった。けど、これならイレギュラー02と戦える。

 私は次々とビームを放った。

 イレギュラー02も次々とビームを放った。

 エネルギーがぶつかり合い、花火みたいに光が散っていく。

 ビームの撃ち合いはキリがないので、私はイレギュラー02に近づくことにした。

 弾幕を避けながら、ゼロ距離まで近づく。そして、拳を撃ち込んだ。

 イレギュラー02に受け止められる。

「おりゃあぁ!!!」

 私は間髪入れず、相手を蹴り飛ばした。

「グガガガガァ!!!!」

 イレギュラー02はビルを何本も貫通して飛ばされる。

 私はそれを追いかけながら、エネルギー弾を連射して追い討ちをかける。

 エネルギー弾が着弾すると爆発して、爆煙が私とイレギュラー02を隔てる。

 私は、手の中で念力のチャージを始めた。この一発で、トドメを刺す寸法だった。

 やがて視界が開けて、ぐったりとしたイレギュラー02が見えた。

 ――今だ!

 私は、イレギュラー02に近づいた。そして、それの頭に手を近づけた。

 手のひらの念力は、ものすごいエネルギーを発する。

 私は、そのエネルギーを解放して、最大威力のビームを撃った――


 その瞬間、私は真っ白な空間に立っていた。

 私は混乱した。あたりを見渡しても何もない。ここが一体どこなのか、この空間がどこまで続いているのかもわからない。

 すると突然、1人の少女がいることに気がついた。

 背を向けて座り込んでいるので、顔は分からない。しかし、頭からは、白い翼と黒いツノが生えていた。

 彼女の背中からは、嗚咽が聞こえる。

「あの……!」

 私はおそるおそる、少女に声をかけた。

 彼女は、ゆっくりとこちらを振り向いた。彼女の瞳からは、大粒の涙が溢れている。

「……どうして泣いてるんですか?」

 私の問いに、少女は口を開いた。

「……を、殺さ……で……」

 彼女は必死に何かを訴えているようだった。しかし、その言葉は途切れ途切れで、完全に聞き取ることができない。

「え、あの……」

 私が戸惑っていると、少女は涙を拭きながら立ち上がった。そして、私の肩を掴んできた。

 少女の泣き腫らした顔が、こちらに気がついてくる。

「あの、一体どうしたんですか?」

 わけもわからず狼狽えていると、突然、私たちの唇が触れ合った。

「っ!?」

 その瞬間、心臓がドクンと跳ね上がった。脳内に何か嫌なものが流れ込んでくる感覚がした。

 フラッシュバック。

 引きちぎられる右腕。

 飛び散る肉塊。

 笑う柚先社長。

「いやあああ"あ"あ"!!!!」

 私は咄嗟に少女を突き放した。

 猛烈な吐き気に襲われる。

 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!!!

 私は喉を引っ掻いた。

「げぼっ」

 口の中が酸っぱくなる。

 真っ白な地面に私の胃酸がぶちまけられた。

「はあ、はあ……」

「夜ちゃん」

 後ろから声が聞こえた。振り向くと、柚先社長がいた。

「社長……」

 柚先社長は、私を後ろから抱きしめた。温かい。そして、彼女はささやいた。

「この腕、夜ちゃんのせいだよ」

「え」

 柚先社長は、右腕の断面を私に見せた。

「この顔も夜子ちゃんのせいだよ」

 いつのまにか、目の前に愛神先輩が立っていた。

 彼女の顔は、神秘崩壊のヒビが入り、崩れていた。

「そんなの……違いますっ!」

 愛神先輩は私を抱きしめた。

「私は悪くないです!!」

「あれも、夜子ちゃんのせいだよ」

 愛神先輩がそう言うと、そこには、瀕死の糖蘭さんがいた。

 私は言葉も出せなかった。

「っ!?」

 私は彼女の元へ駆け寄ろうとした。しかし、柚先社長と愛神先輩がそれを許してくれなかった。

「離してください!」

「「ダメだよ」」

「糖蘭さんが!」

 私は何とか、2人の拘束を解こうとする。

 その時だった。

 愛神先輩の身体が崩壊した。バラバラになった。

「え……なんで……なんでなんでなんでなんでなんで……!」

「あーあ。殺しちゃったね」

 柚先社長がそう言った。

 殺した?私が?愛神先輩を?

 そんなはずない。

「いいや、夜ちゃんが殺した」

 違う違う違う違う違う違う違う。私じゃない!

 私は力任せに、柚先社長を振り解こうとした。

 そして次の瞬間、柚先社長の左腕が引きちぎれた。

 彼女は無抵抗に倒れた。

「糖蘭さん!」

 私は何も考えられなくなって、糖蘭さんの元に駆け寄った。

「糖蘭さん!しっかりしてください!」

 私は糖蘭さんの肩を揺らした。

 糖蘭さんは顔を上げた。

 その金色の瞳は、死んだように輝きを失って黒ずんでいる。

 彼女は、ぽつりとつぶやいた。

「夜子なんて、もういらない」

「……?」

 そして、彼女は私の首を掴んできた。

「うっ……何するんですか!?」

 私は必死に抵抗する。しかし、糖蘭さんはやめない。

 痛い。苦しい。悲しい。

「……やめて、ください!」

「夜子なんて、もういらない」

 彼女の腕の力は、どんどん強くなる。

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!!

 ――ボキッ

 何かが折れる、嫌な音が鳴った。

「ああああああああ!!!」


 *


 激痛が走った瞬間、私は目覚めた。

 私はベッドの上にいた。そして、見覚えのない白い天井を見つめていた。

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