第12話、覆水盆に返らず
- 2月22日
- 読了時間: 20分
コンビニの店先で1人佇み、昨日送られてきたメッセージを読み返す。
『6月11日午前9時、涼華駅前のコンビニに1人で来い』
私はメッセージの指示通り、涼華地区に来ていた。
比較的人の多い神宮と常浜に挟まれている割には、目の前を行き交う人々はそこまで多くない。
しばらく待っていると、1台の車が近づいてきた。黒くてごつい見た目の車だ。
それは、私の目の前で停車した。
もしかして……と思っていると、案の定、窓ガラスが開いた。
顔を出した運転手は、メガネ越しに琥珀色の鋭い視線を向けてくる。
「……乗れ」
見知らぬ人に、車に乗るよう指示される。
どう見ても犯罪臭しかしない状況だったが、どうやらこの車の運転手は少年のようだった。
車の見た目とのギャップがすごい。
彼の茶色の短髪は、所々ぴょんぴょんハネている。エルフ耳には、アンテナ付きのヘッドセットをつけている。
私は数秒悩んでから、乗ることにした。彼が悪い人には思えなかったからだ。
ドアを開けて助手席に座り、運転手の様子を窺う。
「あなたが、あのメッセージの送り主ですか?」
「そうだ。お前が夜子か」
「はい、そうですけど……どうして私の名前を?」
「呼び出す相手の名前くらい、把握してるに決まってるだろ」
彼は、ムスッとしながらそう答えると車を動かし出したので、私は慌ててシートベルトをつける。
黄色いパーカーを着た彼は、私よりも小柄だった。
彼の座高は、ハンドルを握るには少し低すぎる気がする。
アクセルペダルを踏む足は、どうやら義足のようだったが、こちらもギリギリ届いているという状態だった。
それでも、慣れた手つきで車を操っている。
彼は前を向いたまま、呆れたように言う。
「で、お前の危機管理はどうなってんだよ」
「どうなってるって……?」
「僕が誰かも知らないで、よくついて来るねって話だよ。拉致されるとか考えねーの?」
「まあ、多少は思いましたけど……あなた、別に悪いことしなさそうですし」
「見た目で判断してるのか?」
彼は、ちらりと一瞬だけこちらを見て、すぐに視線を前に戻す。
「そ、それは……」
言葉に詰まる。
ノーじゃないのは確実だ。
彼は、パッと見は普通の少年だ。とても、悪事を働くとは思えない。
「悪いが、僕は君よりずっと年上なんだ。レユアン人を見た目で判断するなんて、バカのやることだ」
たしかに、実年齢と見た目年齢が違う人はよくいるが、それにしても随分と酷い言われようだ。
運転手は続ける。
「まあ、お前の場合は、僕がどんな人でも変わらないんだろうね。……僕が何かしてきても、とりあえず殴ればいいとか考えてるでしょ」
まるで、私が異能者であるかのような彼の言いぶりに、嫌な汗が出てくる。
「私がそんなことする風に見えますか?」
「安心しろ。お前が異能者なことも、HALFのメンバーなことも把握してる。というか、そうじゃなければ、わざわざお前みたいなやつを呼び出したりしない」
「えっ……あなた、HALFを知ってるんですか?」
「もちろん。知ってるも何も、僕は元HALFのメカニック、優灯だ」
「あなたが?」
急な告白に、理解が追い付かなかった。
糖蘭さんや柚先社長から、その存在は聞いていたが、まさか実際に会えるような人だとは思っていなかった。
そして、柚先社長が「先輩」と呼んでいた人が、こんな小さい人だということに驚きを隠せなかった。
優灯さんは、ため息をつく。
「やっぱり、ある程度話は聞いていたか」
「それはそうですけど……あなたって失踪したんじゃ――」
「バカ。あいつらが勝手にそう思ってるだけだよ。僕は涼華で普通に暮らしてる」
「それなら、そのことを柚先社長たちに教えてあげてくださいよ」
「だが断る。イレギュラー事件以来、HALFとは縁を切ったつもりだ」
優灯さんの現状を知れば、きっと柚先社長たちは安心するだろうに。
私はそう思いつつ、質問する。
「じゃあ、なんで私なんかを呼び出したんですか?」
「どっかのバカがガラケーをぶっ壊したせいで、僕の方へ修理が回ってきた。それで、今のHALFのことがちょっと気になったんだよ」
「糖蘭さんの知り合いの知り合いって、あなただったんですか?」
「さっきから質問が多いんだよバカ」
「す、すみません」
優灯さんはため息をつく。
「はあ……。神宮大学にいる趣味仲間が、ガラケーの修理を頼んできたんだが……クソッ、糖蘭が元あそこの研究員だったことが、完全に抜けていた」
彼は独り言のようにそう呟くと、チッと舌打ちする。
私は苦笑いする。
「あはは……世界って意外と狭いものですね」
「こんな海上都市だからな。仕方ねえよ」
優灯さんは、諦めたようにそう言った。
しばらく車を走らせていると、徐々に建物が消えていき、緑の景色が増えていく。
どこに行っても人工物だらけの神宮とは大違いだ。
流れていく景色を眺めていると、急に私のガラケーが唸った。
インサニティだ。
「どこに出た?」
優灯さんは、そう聞いてくる。
やはり彼も、元とはいえHALFだ。要領を得ている。
私は画面を開いて確認する。
「これは……常浜地区の方ですね」
そういえば、常浜地区でのインサニティ発生は初めて見たかもしれない。
「常浜……この距離で探知できるのかよ」
優灯さんは、また舌打ちする。
彼の言うことはよくわからなかったが、私はシートベルトに手をかける。
「私、行ってきます。車止めてください」
「その必要はない」
彼はそう告げた。車を止める気配もない。
「どうしてですか?ここからなら、私が1番近いですよ?」
「そうだな。だが、行かない方がいい。常浜には、厄介な異能者集団がいる」
「別に、喧嘩を売るわけじゃないんですよ?インサニティを倒しに行くくらい、いいじゃないですか」
「残念だが、HALFとは違う理屈で動いてる奴らなんだ。こっちの言い訳は通じない」
優灯さんは、アクセルを弱めることなく、淡々と説明する。
このまま窓から降りてやろうかと思ったが、さすがに走っている車から飛び降りても大丈夫なほどの強度は、私の体にはない。
釈然としないが、何もせずガラケーが鳴り止むのを待つ。
すると、5分もしないうちにインサニティの反応は消えた。
しかし、HALF以外にも異能者集団がいるなんて、知らなかった。
このことを、柚先社長たちは知っているのだろうか?
そんなことを考えていると、やがて外の景色に人工物はほとんどなくなってしまう。
気づけば山の中を走っていた。
一応、道路は舗装されているが、街中に比べたら随分とガタガタしていて走り心地が悪い。おまけにどの方向も木しかない。
「あの……どこに行くんですか?」
私は、優灯さんの様子を恐る恐る窺う。
彼は答える。
「僕の家」
「こんな山奥にですか?」
「山奥だからだよ」
彼はため息をつき、突き放すように言った。
私は、冗談っぽく言う。
「まさか、本当に私を拉致して、糖蘭さんから身代金を貰おうなんて考えてませんよね」
「バカかお前。よりにもよって、なんで1番金持ってなさそうなやつなんだよ」
「そうですか?糖蘭さん、私を家に置いていてくれますし、割と余裕ありそうですよ」
私がそう言った瞬間、優灯さんは固まった。
「は?」
「どうしました?」
「……あいつ、いつの間に嫁貰ってんだよ!?」
彼は急にそんなことを言いながら、こちらに食って掛かって来た。
「いや、違いますけど!?」
「違うのかよ!?びっくりさせんなよバカが!」
彼はそう言って、ズレたメガネをかけ直した。
*
そんな会話をしていると、目的地に到着した。
「ここだ」
木々に囲まれて、山小屋のような風貌の家が立っている。自然と調和したその様子は、絵本に出てきそうな雰囲気だった。
ここに優灯さんは住んでいるらしい。
私は車から降りて、外の空気を吸う。
普段からコンクリートに囲まれた生活をしている身としては、こうやって自然に囲まれることは少ない。
夏に近づいた緑はすでに茂り、生命力を感じさせている。
そんな様子を見ていると、どこか落ち着く。
「行くぞ」
「あ、はい」
私は優灯さんに連れられて、中に入る。
「お邪魔します」
内装は、シンプルながらも木の温かみがある空間だった。優灯さんの性格からなのか、整理整頓が行き届いていて、少しも散らかっていない。
「ここに座れ」
彼はテーブルの椅子を指差し、私にそう言った。
私は、彼の言う通り椅子に座る。
一方、彼はキッチンの方へ向かった。
お茶くらいは出してくれるようだ。
しばらく待っていると、彼は戻って来た。お茶ではなく、ビニールの袋に入った、白い塊を持って。
「……あの、それ、なんですか?」
私がそう聞くと、優灯さんは床にビニールシートを敷きながら答える。
「見てわかるだろ」
「いや、わかんないです」
彼は、シートの上に白い塊を置いて、指示してくる。
「これを踏め」
「え?……も、もしかして、うどんでも作ろうって言うんですか?」
「その通りだが、何か文句あるか?」
彼の口ぶりは、何もおかしいことはないというようだ。
私は、あまりにも唐突すぎる展開に、思わず突っ込んでしまう。
「いや私、うどん作るために呼ばれたんですか!?こんな山奥に!?あんな意味深なメッセージ送りつけられて!?」
「お前はうどんを軽視しすぎだ。うどんは人間同士を繋ぐ、とても重要な存在だ」
優灯さんは真面目な顔をして、そう言ってくる。
「ちょっと何言ってるかよくわかんないです……」
「そうやって、自分の理解が及ばないことは否定するのか?お前はうどんを理解しようとしないのか?」
「理解も何もないですよっ!」
「とにかく、お前はうどんを踏め。話はそれからだ」
彼は腕を組み、その場で仁王立ちする。どうやら、引き下がるつもりはないらしい。
「……しょうがないですね」
私はうどんに向かった。
「あ、靴下脱げよ」
「ええ……」
渋々、靴下を脱ぐ。
「踏ーめ、踏ーめ」
「わかってますって!やりゃぁいいんでしょやりゃぁ!」
私はもうどうでもよくなって、白い塊に足を乗せた。そして、そのまま足踏みする。
ぐにゃぐにゃする。
「いいぞ、その調子だ」
優灯さんは満足そうな顔をしている。
「私、何やらされてるんですか!?」
結局私は、彼の気が済むまでうどんを踏み続けさせられた。
テーブルにつく私の目の前には、熱々のうどんが置かれている。
先ほど踏みまくったのを、優灯さんがその場で切って茹でた、できたてのうどんだ。
「食えよ」
「い、いただきます」
テーブル越しに座る優灯さんに促され、私は手を合わせた。
まさか、お茶どころかうどんを出されるとは思ってもいなかった。
予想外の労働をさせられたことは心外だが、ちょうど昼ご飯の時間だ。ありがたいことは間違いない。
箸で麺をつかみ、ずるずるっと啜る。
「どうだ」
「……おいしいです」
「だろ。やっぱ、できたては違う」
彼は、自慢するように言った。
たしかに、このうどんはそこら辺のものよりおいしく感じる。
小麦粉の柔らかな甘みと出汁の優しい味わいが絡み合い、絶妙なバランスが成立している。
おまけに、麺のモチモチ感も理想的だった。
優灯さんもうどんを啜る。
途端に彼の顔は緩んで、幸せそうになる。
さっきまでの冷たい態度が嘘みたいだ。
そんな彼の様子を眺めていると、彼は不満そうに、目線だけをこちらに向けてくる。
「なんだよ」
「……優灯さん、うどん好きなんですか?おいしそうに食べますね」
「うどんは可能性の食べ物だからな。奥が深いんだ」
どうやら優灯さんは、うどんに対して並々ならぬ思いがあるようだ。
まあ、そもそも好きでなければ手作りはしないか。
「もしかして、自分が食べたいからって、私に踏ませました?」
「うるせえな。この足じゃあ、やりづらいんだ」
彼は義足を持ち上げ、こちらに見せてくる。
その白いボディは、機械っぽさが強い。
おまけに、ふくらはぎ部分は赤色の透明素材で、向こうの景色が透けて見えている、変わったデザインだった。
「……なんか、すみません」
「なんで謝んだよ」
「いや、そこまで考えてなくて」
先天的に足がないのか、後天的に失ったのか。
どちらかはわからないが、どのみち私にとっては扱いづらい話だった。
優灯さんは言う。
「安心しろ。単純に、自分でやるのがめんどくさかっただけだ。別に、うどんが本題ってわけでもない。お前を呼んだのは、聞きたいことがあるって言っただろ?」
「そうでしたね。今のHALFのことについてですか?」
「そうだ。だが、まずはうどんを食べろ。話はそれからだ」
彼はそう言うと、無言でうどんを啜る。
私もうどんを食べることに専念した。
食事が済み、優灯さんは鍋や食器を洗っている。
私も手伝おうとしたが、今度は普通にお茶を出されて拒否されてしまった。
なので私は、彼の背中を見ながら、1人テーブルで待っていた。
突然、優灯さんは切り出した。
「お前らが寄越してきたガラケーだが……一体、どんな使い方したらあんな壊れ方をするんだ?」
表情は見えないが、怒るというより純粋に疑問のようだった。
「私にだってよくわかりませんよ。雨筆さんがイレギュラー化した時、変な挙動してたと思ったら、急に電源入らなくなっちゃったんですから」
「じゃあやっぱり、ログに残ってた異常な神秘はイレギュラー由来のものか。それで、ガラケー内部の回路が焼かれたと……」
優灯さんは、納得したように呟く。
私は彼に言う。
「しかし、修理に1億って何なんですか?高すぎますよ」
「あれでも、かなり身内価格だし良心的な方だが?それに、柚先なら出せる額だろ?」
優灯さんは悪びれもせずに言う。
「まあたしかに、柚先社長は平気そうでした……。愛神は殴り込みかけようとしてましたけど」
「まったく、愛神は血の気だけは多くて困る。けど、お前らはアーティファクトの価値がわかってないようだな」
私は首を傾げる。
事務所の倉庫に大量に置いてあるものに、そんな価値があるのだろうか?
優灯さんは手を止めて、こちらを振り向く。
「簡単に言ってしまえば、アーティファクトは人工的な異能を発生させる装置だ」
「人工的な異能……?」
「選ばれた人だけに与えられる特別な力。それを人為的に発生させる装置を作るっていうことは、技術も労力も資源もお前が想像するより、はるかに高い水準で必要なんだよ。特に、今回お前らが壊したパーツはな」
彼の話を聞いていると、ポケットの中のガラケーが急にずっしりと重みを持ったように感じた。
インサニティ探知ができる携帯くらいにしか思っていなかったのに。
そんな私の様子を察したかのように、優灯さんは言う。
「ま、そんなに気負うことでもないよ。インサニティ退治に使う時点で、壊れることくらい承知している。予備も3つくらい作ったわけだし」
そのガラケー3つに、何億の金がかかったのか。私には想像できなかった。
優灯さんは、再び背中を向ける。
水が流れる音がする。
「あなたって、随分お金持ちなんですね」
「残念ながら、そんなことはねえよ。色々仕事して大金が入っても、アーティファクト作れば一瞬で億単位が溶ける。金なんて常に足りない」
優灯さんはそう言いながら、洗った食器を乾燥棚に置いた。どうやら仕事は終わったらしい。
「どうして、アーティファクトを作るんですか?」
私がそんな質問をすると、彼はシンクを背にして答える。
「まずは利益のためだ。……って言っても、今のところは常浜のやつらぐらいとしか取引してないけど」
「それ、儲けられるんですか?」
「普通に他のことした方が利益が出る」
「じゃあ、ほとんど意味ないじゃないですか……」
そんな私の言葉に、優灯さんの目つきが変わる。
「ところがどっこい、アーティファクトには無限の可能性がある上に、有史以来、開発に成功したのは僕ただ1人だけ。つまり……」
「つまり……?」
「ロマンの探求――これが最大の目的だ」
優灯さんは、不敵な笑みを浮かべる。随分と楽しそうだった。
「ええと、つまり趣味ですか?」
「ああ、趣味だ」
彼は堂々と肯定した。
私は、そんな彼に呆れた。
「……なんだよ、その顔は」
「趣味のおもちゃで大金溶かすとか、正気ですか?」
「おもちゃって言うなよ」
「けど、事務所の倉庫にあるやつって、大半が実用性ないんですよね」
「初期の頃に作ったやつが大半だし、使えなくても仕方ないだろ。ていうか、回路を交換すれば使えるんだから、おもちゃじゃねえだろ」
「じゃあ、使えるようにしてくださいよ」
「残念だが、アーティファクト使うより異能使った方が普通に強いぞ」
「じゃあ、本当に意味ないじゃないですか!」
「だから、ロマンの探求って言ってるだろ」
バカと天才は紙一重と言うが、どちらかというと、この人はバカなんじゃないかと、私は思った。
優灯さんは呟く。
「……まあ、多少はお前の言うことも聞いといてやる」
「あ、ありがとうございます」
意外にも、話を聞いてくれるところはあるらしい。
すると、彼は話題を切り替える。
「さて、アーティファクトの話はこのくらいにしといて、ここからが本題だ。お前の異能、というかイレギュラーを浄化した、あの力についてだ」
彼はそう言うと、こちらに来て席に着く。
「ラストリゾートモードのことですね」
「そんな名前つけてんのかよ」
「柚先社長がつけてくれたんです。問題ありましたか?」
「いや、別に名前なんてわかればそれでいい」
優灯さんはそう言いつつ、若干不満そうだった。
私は、柚先社長がつけてくれた呼び方だから気に入っているが、優灯さんから見れば微妙なのだろうか。
「それにしても優灯さん、このこと把握してたんですね」
「お前らが寄越したガラケーに、イレギュラーのとは違う、変な神秘の流れのログがあったからな。それで、気になったんだ。ログによると4月のイレギュラー02との戦闘っぽいけど、合ってるか?」
「はい、そうです」
そこまで把握されていたとは、私の個人情報がどこまで抜かれているのか心配になる。
優灯さんは、さらに確認を続ける。
「それで、この間のイレギュラー03の浄化にも、それを使ったと……。それ以外は使ってないな」
「その通りです。まあ、いつでも使えるようにってたまに練習してるんですけど、あんまり上手くいかなくて」
「それでいい。いつでも使える最終手段なんぞ、ラストリゾートなんて言わないだろ」
「けど、いつでも使えるようになった方が――」
「お前のその力は、とんでもない負担を脳にかける」
優灯さんは、私の言葉に被せるように言ってきた。
脳に負担……?そんな話は聞いたことがなかった。
「だから、2回も使って正気でいられるのが不思議なくらいだ」
「……なんで、そんなこと知っているんですか?」
「単純に、僕の知り合いにお前と同じ異能を持った異能者がいたからだ」
「え……私と同じ……?」
突然の情報に、私は思わず聞き返した。
「ああ、そっくりそのまま。こっちもびっくりするくらいだ」
「けど、異能は他の人と被らないって聞きましたよ?」
「あくまでも、同時期に同じ異能持ちの異能者が現れることはないってだけだ。僕の知り合いがいたのは、お前がレユアンに来る前ってことだよ」
「そ、そうですか」
「それで僕の知り合いは、お前と同じようにイレギュラーを浄化したところ、1回きりで精神に異常をきたした。だから、お前に驚いてるんだ」
「……」
何も言えなかった。
優灯さんが言う知り合いは、すでにレユアンにはいない。私の存在が、その最たる証拠になっている。
じゃあ、その人はどうなってしまったのだろうか。
あまり考えたくないことだった。
優灯さんは、動揺する私をフォローするように言う。
「まあ、人には向き不向きってもんがあるし、これも適正の問題だろうな」
「じゃあ、これからも使っていいってことですか?」
「なんでそうなる。さすがにお前でも、何回も使えばマズいだろ。危険な能力ってことには変わりねえんだから」
「でも、イレギュラーを浄化するには、使うしかないですよ?」
「だから、使うのは本当に必要になった時だけだ。もしお前を失えば、イレギュラーは中の人間ごと消すしかなくなる」
「そんな……」
イレギュラーと戦った時に感じるあの予感は、大方合っていたらしい。
それでも、いざ言葉にすると、残酷なものだ。
優灯さんは腕を組む。
「それにしても、柚先はよくお前を採用したな」
「人手不足だったらしいですから。あ、今はもう6人になりましたよ」
「随分と増えたな。あいつらの調子はどうだ?」
「いつも通りだと思いますよ」
「そのいつも通りがわからねえから聞いてんだよ」
「難しいことを言いますね……」
「まあ、少なくとも糖蘭はお前の世話をする程度には余裕があるってことだよな」
「それは、まあ……そうですね」
糖蘭さんに関して1つあるとすれば、今はもういない人のことを、生きていると思い込んでいることだろうか。
しかし、優灯さんには言わないでおいた。
「愛神は普通に動けてるっぽいから、まあ大丈夫そうだが……。柚先は?あいつが1番心配なんだが」
優灯さんは質問を続けた。
「社長もそこまで心配することはなさそうですけど……」
「そうか」
優灯さんは、一旦満足したようだ。
彼はHALFとは縁を切ったと言っていたが、どうやら柚先社長たちのことを気にしているらしい。
私は優灯さんに言った。
「そんなに気になるなら、直接会いに行けばいいんじゃないですか?」
「だから、それは無理と言ってるだろ」
「どうしてですか、仲間でしょう?」
すると、彼は目を逸らして言った。
「保身のためにあいつらを見捨てた立場で、今更どのツラ下げて戻って来いと?」
イレギュラー事件で何があったのか、詳しいことはよくわからない。しかし、私は知っている。
「あの人たちは、あなたのこと心配してるんですよ?」
「大方、お前に良い人ぶって言ってただけだろ?僕は柚先に言われたんだよ。『なんで死ぬのはお前じゃなかったんだ』って」
まさか。
「柚先社長がそんなこと言うわけないじゃないですか!」
私が思わず反論すると、優灯さんは急に立ち上がって、声を荒げた。
「お前は、柚先の何をわかったつもりでいるんだ!?あいつのこと何も知らない癖に、わかったように言うなよ!」
「別に、わかっているつもりはないですよ!あの人は、たまに無茶苦茶なことをしますけど……それでも、私たちのことを思ってくれてる、いい人です。あなたも、そのくらいのことは知っているでしょう!?」
私も思わず、言葉が強くなってしまう。
しかし、優灯さんはハッとしたように、冷静になった。
「そうか。……そうだよな。悪い」
彼はそう言ったが、私を捉えるその瞳は、悲しそうだった。
いや、私のことを憐れんでいるのかもしれない。なぜ?
優灯さんは椅子に座り直す。
「あいつの意に反することをしたくはないが、これだけは言っておく」
「なんですか?」
「お前が見ているのは柚先じゃなくて、あいつに憑いている幽霊だ。本来のあいつじゃない。愛神も糖蘭も、似たようなもんだ」
「嘘ついてるんですか」
「いや、イレギュラー事件での極限状態への適応と呼べ。そうじゃないと、あいつらが悪いように見えるだろ」
どうやらあの事件は、生き残った人たちの心まで変えてしまったらしい。
「……イレギュラー事件の時に何があったのか、教えてくれませんか?」
「知ってどうする」
「もっと、糖蘭さんたちのことを知りたいんです。あなたなら知っているでしょう?」
「悪いが、話すつもりはない。あんなクソみたいな記憶、思い出すだけでもゲロが出そうなんだよ」
優灯さんは、嫌そうな顔をしてバッサリと断った。
またしても、そこまで考えが及ばなかった。
「すみません……」
「だが、気になる気持ちはわからんでもない。お前がHALFの一員である以上、過去のことを隠したままにするのも健全ではないだろうし」
「じゃあ――」
「それでも、無理なもんは無理なんだ。今は諦めてくれ」
優灯さんの言葉は冷たいが、申し訳なさそうでもあった。
「……わかりました」
「話は以上だ。とりあえず聞きたいことは聞けたから、礼を言っておく」
彼はそう言った。
私が席から立とうとした時だった。
「あ、最後にお前に言っておきたいことがある」
「なんですか?」
すると優灯さんは、真剣な面持ちで言った。
「ついにやつが顕現した」
「やつって……?」
その瞬間、私の脳内に流れてくる、あの夢の光景。
空が割れて、光輪を頭上に浮かばせた「何か」がやってくるあの夢。
優灯さんは言った。
「レユアン最大の破滅的変数」
「それって、一体何なんですか?」
「悪いが、僕にも詳しいことはわからない。ただ、本来レユアン外部にいるべき存在が、ちょっかいを出してきたっていうのは間違いない」
なぜそんなことを優灯さんが把握してるのかは疑問だ。
しかし、その破滅的変数が遠くない将来、脅威になることは間違いない。
「……とりあえず、柚先社長にも伝えたらいいですか?」
「いや、何もするな。下手に動くのは危険だ。幸い、このことを知っているのは僕らだけらしいし」
「じゃあ、どうしたらいいんですか?」
私は、少し焦っていた。
「何もしなくていい」
「ええ……?」
「どんな存在かもわからないんだ。対策のしようもないだろ?やり過ごせるならそれが1番良い」
「わ、わかりました……」
少なくとも、やり合えばイレギュラーより厄介な相手なことは間違いない。
「あと、ここでの話は他言無用だ。もし誰かに話したら、その時は寝首を掻きに行くから、覚悟しとけ」
「随分と容赦ないですね……」
「話は以上だ。駅まで送ってってやるから、準備しろ」
優灯さんはそう言うと、そそくさと玄関の方へ行ってしまった。
私は、彼の小さい背中の後をついて行く。
すると、彼は振り向いて言った。
「……また、うどん作りを頼んだら、来てくれるか?」
「嫌です」
「チッ」
優灯さんは舌打ちした。



